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一般社団法人ディーセントワールド及びスワン町田店の「障害者」の表記について

 千葉市の熊谷俊人市長が、「障害者」という言葉を「障がい者」に置き換えることは反対と、ツイートしたことが反響を呼んでいるようです。(5月25日)

 反対の理由として、熊谷市長は次のように語っています。

 「『障害者』とは『社会の障害』でも『身体に障害を持つ者』でも無く、『社会との関わりの中で障害に直面している者』という意味であり、私たちはその障害を一つひとつ解消していくことが求められている、と理解しています」
 「その考えから、私は『障害』を『障がい』と置き換えることには反対です。『障害』という言葉が引っかかるからこそ、それを社会的に解消しなければならないわけで、表現をソフトにすることは決してバリアフリー社会の実現に資するものではありません」

 一般社団法人ディーセントワールドおよびスワンカフェ&ベーカリー町田1号店、スワンカフェ&ベーカリー町田2号店でも、通常は「障害者」という表記を使っています。

 熊谷市長の意見に対しても、、「そもそもその人を指して障害などと考えることが大きな誤解、差別です」といった賛成意見のほか、「障碍と表記することから問題解決につながると思える」といった反対意見など、賛否両論あるようです。

 せっかくの機会なので、職員が共通認識をもつという目的も兼ねて、なぜ、ディーセントワールドおよびスワン町田店では、「障害者」という表記を使用しているかについて説明をしておこうと思います。

 障害の「害」の字がマイナスイメージを与えるので、障害の表記を見直そうとする動きの中で、近年、「障害者」「障がい者」「障碍者」「しょうがいしゃ」など様々な表記がなされています。

 私たちは、「障害者」=「社会的な『』壁によって、被『』を受けている人(『』)」という障害学の「障害の社会モデル」の意味から、「障害者」や「障害のある人」といった表記を使用しています。

 「障害学」とは、イギリスやアメリカにおいて、1970年代から盛んに研究がなされてきた障害に対する考え方です。
 日本においては、1999年に「障害学への招待」(石川准・長瀬修編)という本が刊行されて以降、徐々に広まり、2003年には障害学会が設立されています。

 イギリス障害学の創始者であるマイケル・オリバーの最大の成果が「障害の社会モデル」と呼ばれる考え方です。「障害の社会モデル」の考え方は、「隔離に反対する身体障害者連盟(UPIAS)」の定義が基になっています。すなわち、イギリスの社会モデルは、障害者運動(当事者運動)から生まれた考え方です。

 「障害の社会モデル」の考え方は、「障害」を 、「Impairment」という個人的次元と、「Disabilities」という社会的次元に、切り離すことによって社会的責任の範囲を明確にしようとするものです。

 「Impairment」と「Disabilities」という、「障害」の2つの次元について、UPIASは、次のように定義しています。(1975年)

 「Impairment」とは、手足の一部または全部の欠損、身体に欠陥のある肢体、器官または機構を持っていること。

 「Disabilities」とは、「Impairment」を持つ人のことを全くまたは殆ど考慮せず、したがって社会活動の主流から彼らを排除している今日の社会組織によって生み出された不利益または活動の制約のこと。

 

 この「障害の社会モデル」を短絡的に捉えてしまい、「障害の原因を個人に求めるのが個人モデル(あるいは医療モデル)」、「障害の原因を社会に求めるのが社会モデル」と思ってしまう人が、福祉関係者の中にも結構、いるのですが、実際は、それほど単純な図式ではありません。

 もし、「障害の原因を社会に(すべて)求めるのが社会モデル」「社会を変えれば障害が(すべて)なくなる」と捉えてしまうと、治療やリハビリといったものまですべて否定されてしまいかねません。

 「障害の社会モデル」は、決して治療やリハビリを否定するものではなく、そういったものは、障害者自身が必要に応じて選びとればよいという考え方で、「障害の社会モデル」がめざすのは、「治療やリハビリを行おうが行うまいが、得られる利益や不利益が等価となるような社会」であり、つまりは、障害の義務・負担を個人が負うべきではないという考え方です。

 実は、この「障害の社会モデル」の考え方は、昨年(2014年)1月20日に、ようやく日本が批准した「国連障害者の権利条約(CRPD=Convention on the Rights of Persons with Disabilities)」にしっかりと反映されています。

 CRPDの第1条・目的には次のように記されています。

 「この条約は、全ての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的とする。

 障害者には、長期的な身体的、精神的、知的又は感覚的な機能障害(「Impairment」)であって、様々な障壁との相互作用により他の者との平等を基礎とし、社会に完全かつ効果的に参加することを妨げ得るもの(「Disabilities」)を有する者を含む」

 つまり、「障害者」=「Impairment」のある人の社会参加を妨げる社会の側の様々な障壁により、「Disabilities」を持たされた人ということです。

 CRPDの英語表記自体も、「障害者」は、「Persons with Disabilities」であって、「Dosabled Persons」ではありません。

 こうして見てくると、世界に大きく後れをとり、ようやく141番目(EUを含む)に、「権利条約」を批准したこの国で、未だに、「害」が良いか、「がい」が良いかと論争を繰り返しているのは、あまり格好いいものではありません。

 千葉市長の発言内容を見れば、「障害の社会モデル」の考え方に基づき、「障害者」という表記にこだわっていらっしゃるのは明らかであり、また、「表記を変えるべきという議論に時間を尽くすよりも、本来の障害者行政に時間を割きたい」「議論するぐらいなら、雇用の場を広げたり、他にやることはたくさんある」という意見は、まったく正当なものであると思います。

 「害」の字を、ひらがな表記にして、「障がい」としている自治体がたくさんありますが、マイナスイメージといった感覚論や感情論ではなく、しっかりと意味を踏まえているところがどれくらいあるのか、また、「害」を「がい」に変えたことで、具体的にどんな効果があったのかということも気になりますが、そんな議論は、それこそ、時間の無駄になるだけなので、やめにしておきます。

 陸上男子400メートルの日本記録保持者である為末大さんも、少し前に障害者問題についての発言をして話題になっていましたが、「400メートル障害」を「400メートルハードル」と言ってほしいなどとクレームがくるというのも、「なんだかなぁ」という思いです。

 400メートル障害など、とても走れそうにないので、もっと身近な運動会の「障害物競走」で考えてみれば、「障害物競争」とは、速くまっすぐに走ることの「障害」になるものがコース上に置かれたレースであり、置かれているもの自体は、壊れているわけでもなく、「障害」のある物ではありません。

 「障害者」の「障害」は、生きていく上で様々な困難や制約となる「障害」のある人で、その人自身が社会の「障害」になる人ではありません。

 「障害」のない人が、「障害物競争」に参加したときに味わう大変さ、不自由さ、面倒くささを、「障害物」の置かれていない普通の「徒競走」のときにも同じくらい感じているのが「障害者」です。

 でも、「障害物競争」は、大変な一方、楽しく、面白いものでもあります。障害者が、この社会で生きていくときに、そうした楽しさ、面白さを感じられるような社会にしていくことこそが大切であると思います。

 ということで、一般社団法人ディーセントワールド及びスワンカフェ&ベーカリー町田1号店、スワンカフェ&ベーカリー町田2号店は、引き続き、障害のある人のディーセントワークの実現をめざしていきます。

 ん~、「ディーセントワーク」についても、また今度、説明しなくっちゃいけないかな?

 

 

 

 

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