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「消えない火」は、もういらない

宮城県の女川町が
メディアで「復興のトップランナー」として取り上げられている。

15メートルの津波が街をなめ尽くし、
800人を超える方が亡くなるという悲惨な状況から...
再び、立ち上がり、
若い人たちを中心に、新しい町づくりをめざす女川町の人たちの
とりくみは、本当にすばらしいものであることはいうまでもない。
ましてや、ケチをつけようなどとは毛頭思っていない。

でも、被災地全体、とりわけ、今なお、原発事故に苦しむ福島のことを思うと、
正直、違和感を覚えてしまう。

復興のスタートラインに立てからこその「トップランナー」である。
いまだに、スタートラインにすら立つことができない人々が暮らす地域。
若い人たちの知恵や力を期待したくても、若い人たちがいなくなり、年寄りだけが取り残された地域。
そんな人たちにとって、「復興のトップランナー」という言葉は、
重く苦々しく、孤独感や疎外感を一層、かきたてられるものになってしまうのではないかと思い、悲しくなってしまう。

ずっと昔、東北を車で旅したときに、女川原発に立ち寄った。
原発の良い面ばかりを強調する案内に、なんの疑問を感じることもなく、
「そんなものか」と思っていたからっぽの自分がいた。

そんなことがあっては、当然ならないことだが、
もし、あの震災で女川原発が事故を起こしていたら、
女川町は、「復興のトップランナー」どころか、
復興からまったく取り残された、人の住めない地域になってしまっていた
危険性は、誰にも容易に想像できる。

女川町が「復興のトップランナー」として、走り続け、やがて、
「やはり、街の経済を活性化するためには、女川原発の再稼働が必要だ」
ということになり、再稼働が認められてしまうようなことになれば、
地域やコニュニティの復興と原発神話の復活がいっしょくたにされてしまう。

メディアが、女川町を「復興のトップランナー」として、
一斉にはやしたてること。
その裏側には、この国の誰かの悪意に満ちた情報操作の思惑があるように感じてしまうのは、自分だけではないはずだ。

復興のスタートラインにいまだ立つことのできない福島に暮らす
南相馬ファクトリーの佐藤さんが、
福島民放のコラムに「消えない火」という文章を寄せている。

福島にも、女川にも、川内にも、そして、日本のどこにも、
もう「消えない火」はいらない。

これからこの国を担っていく小さな子供たちにも、わかりやすく読める佐藤さんの文章をぜひ、お読みになってください。

(女川町の人たちには、もしかすると、大変失礼なことを書いてしまったかもしれない。お気を悪くされたら、本当にごめんなさい。私自身ももちろん、女川町の復興を心から願っています。)

http://minamisoma-fc.jugem.jp/?eid=1082

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