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追悼

一般社団法人ディーセントワールドの設立時理事の
糀谷誠晃さんが、11月22日、午後3時52分、享年42歳で永眠されました。

7月25日に新法人を設立し、
10月1日より、社会福祉法人ウィズ町田から
スワンカフェ&ベーカリー町田1号店、2号店の事業を承継し、
新法人としての事業開始の準備を進めるため、
5人の設立メンバーで、何度も話し合いを重ね、計画をつくりあげてきました。

兎角、大風呂敷を広げたがったり、話があらぬ方向に脱線しがちな
私たちの中にあって、
糀谷さんは、いつも、その大きな身体そのものの包容力で、
私たちの話をよく聞き、受けとめ、軌道を修正したり、考えをまとめる
大切な役割を果たしてくれました。

8月の初めに、近い将来、実現させたい「パン工場」のイメージづくりのために、
滋賀県にある「がんばカンパニー」さんを訪問させていただいたときには、
誰よりも真剣に工場の施設や設備を視察するとともに、
そこで働く障がいのある人たちの表情や動きに
柔らかな視線を送っていました。
きっと、糀谷さんの頭の中には、
ディーセントワールドの「パン工場」で働く仲間の姿が
鮮やかに映し出されていたのでしょう。

工場視察の後は、京都観光。
トロッコ電車に乗り、保津川を舟でくだったときの
少年のような表情も忘れられません。
一番楽しみにしていたのは、
西京極競技場でのFC町田ゼルビアのアウェーゲームの観戦。
ちゃっかり持参したユニフォームをまとい、
守屋店長といっしょに、思いっきり、飛び跳ねて、熱い声援を送っていました。
結果は2対1の勝利で、喜びもひとしおでした。

普段のゼルビアのホームゲームのときには、
石本職員との重量級ペアで、
スワン町田店の屋台をしっかり切り盛りしてくれました。
時には、可愛いふたりの娘さんが
お父さんをお手伝いしてくれました。

サッカーが大好きで、
昔、みんなでチームを組んでいたときには、
身体に似合わぬ身軽な動きで
ディフェンスラインを見事に統率してくれました。

ゼルビアも、最初、観た時には、
「レベルが低い。こんなサッカー面白くない」なんて
言っていたらしいのですが、
何度も、観戦しているうちに、
「俺たちが応援しなくちゃ、どうする」という気持ちに変わって、
選手のトレカや、ゼルビーのぬいぐるみなど
こっそり買い漁っていたようです。

9月の初めの診断で、癌が見つかり、
9月中旬から、療養に入りました。
精密検査を受け、10月16日から、複数回に渡る抗がん剤治療を開始するため、
第1回の入院をすることになっていました。

ウィズ町田と話し合った結果、
「傷病手当等の手続きをスムーズにすすめるため、
9月末の退職は延期して、引き続き、ウィズ町田に籍を置き、
元気になったところで、ウィズ町田を退職して、ディーセントワールドに合流する」という、
とても有難いご配慮をいただくことができました。

「一番大事なときに、こんなことになってしまって、本当に申し訳ない」
「ウィズ町田にも、ディーセントワールドにも、迷惑をかけてしまって、すまない」

「みんな、良くなることを信じて待っているから、
今は、しっかりと病気を治すことに専念して」と、

電話で話したのが、最後になってしまいました。

10月11日。
突然、大腸に穴があき、緊急入院。
手術を受け、なんとか危機は乗り越えましたが、
意識は戻らず、
ICUで人工呼吸器と人工透析等の処置をおこなうことになりました。

それから1カ月と10日余り。
お見舞いにいくと、目を開けてくれることはありませんでしたが、
こちらが話すことは、しっかりと聞こえている様子で、
一生懸命に手を動かそうとしたり、口元を動かそうとしたり、
何かを伝えようとする気持ちが伝わってきました。

糀谷さんから、
「天野さんと話がしたい」という連絡を受け、
「ディーセントワールドに異動したい」という希望を聞いたのは、
5月20日でした。
第2赤い屋根の施設長という立場もあって、
その言葉を私に伝えるまでには、
相当に悩み抜いたことだと思います。

その時、私は、
「第2赤い屋根で、まず、しっかりと成果を残してほしい」と
返してしまいました。
糀谷さん自身も、多分、そのように言われることを予想していたのかもしれません。
「わかりました。しっかり成果を残してから、
ディーセントワールドに加わらせてください」と、
穏やかに答えてくれました。

責任感の強い人です。
優しい人です。
そして、自分を犠牲にしても、他の誰かの幸せを強く願う人です。

その後、いろいろと考え、相談した末に、
ウィズ町田の小野理事長にも、ご理解をいただき、
糀谷さんの希望がかなえられることになりましたが、
あの時、「わかった、いっしょにやろう」と、
即答してあげられなかったことが、心残りです。

かわいいふたりの娘さんや、愛する奥さんを残して
ひとり旅立つことは、悔しくて、心配で、堪らないことだと思います。
新しい職場でやりたかった夢や思いも
たくさん、たくさんあったにちがいありません。

ウィズ町田にとっても、ディーセントワールドにとっても
本当に大切な仲間をなくした悲しみは、たとえようもなく深く、重いものです。

「糀谷さんの思いをしっかりと受けとめて、
これから先も、自分たちのやるべきことを一生懸命やっていこう」
「力不足は否めないが、
できる限り、残されたご家族を支えられるよう、力を尽くしていこう」
守屋、竹内、石本、天野の4人のメンバーで固く誓いました。

糀谷さん、お疲れさまでした。
そして、今まで、ありがとう。
あなたのことは決して忘れません。
どうか、安らかにおやすみください。

一般社団法人ディーセントワールド
代表理事  天野 貴彦

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