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2012年12月

FC町田ゼルビアの2012年シーズンが終わる。来シーズンの爆発に期待

 先週末、居てもたってもいられなくなり、
大阪へ行ってきました。

Taiyounotou

 42年前に、大阪で開催された日本万国博覧会。

 万博の開催前は、吹田市の千里ニュータウンに住んでいたので、
団地のベランダから、パビリオンが次々に立ち上がっていく様子を
見ることができ、わくわくしたものです。

 開催の年に、隣の茨木市に引っ越しましたが、
万博会場までは、電車で1駅、そこからバスが出ており、
ちょっと、がんばれば歩いても行ける距離でした。
 だから、入場料が半額になる夕方以降に、ちょっと夕涼みに、
なんて行き方もできました。

 42年経っても、あまり痛みも感じさせない姿で
すくっと立つ「太陽の塔」。
 言わずと知れた岡本太郎さんの作品です。
「人類の進歩と調和」をテーマに開催された大阪万博。
旧き良き時代だったのかもしれません。

 懐かしい気分に浸りましたが、
本当の目的はこちら。

Banpakukyougizyou

 サッカー天皇杯4回戦。
ガンバ大阪対FC町田ゼルビアの試合観戦です。

 私が大阪に居た頃には、もちろん、まだJリーグもなかったので、
万博競技場には、初めて来ました。

 昔、住んでいた吹田市や茨木市は、ガンバ大阪のホームタウン。
 でも、私が応援するのは、FC町田ゼルビア。当たり前です。

 試合の詳細は、他の方のブログやニュース、テレビなどで
すでにご覧になっている方ばかりだと思いますので、
もう、ここでは細かくは触れません。

 結果は、2対3で負けてしまいましたが、
観ていて、興奮したし、とても面白いゲームでした。
試合中に、段々と日が差してきた中、
タオルを2度もブンブン振り回せて、気分爽快でした。

 1対1で迎えた後半、鈴木崇文選手の
豪快なミドルシュートが決まったときには、
「もしかして、ガンバに勝てるか!?」と、
期待が膨らみましたが、
 最後は、ガンバの遠藤選手に見事にしてやられました。

 さすがに日本代表選手。
決勝点になったフリーキックもすごかったですが、
前半、こちらのゴール側で
柔らかなコーナーキックを蹴るのを観て、
「これは、本当にうまい!すごい!」と思いました。

 新しく就任した秋田豊監督が、試合前と試合後に
ゴール裏まであいさつにきてくれました。

 後半の選手交代で、勝又選手、津田選手、柳崎選手を投入する采配は、
今シーズン、モヤモヤ感が募っていた
ゼルビアのサポーターの気持ちをスッキリさせてくれる名采配だったと思います。

Aisatsu

 試合後に、選手・スタッフ全員が、ゴール裏にあいさつにきてくれました。

 現役を引退する津田選手。レンタル移籍期間の満了で退団する下田選手。
同じくイ・ガンジン選手。
 この時期は、やはり、なんだか心がとてもせつなくなります。
 FC町田ゼルビアを去っていく選手たちに、ありがとうの言葉と、
それぞれの新しいチャレンジをがんばってくださいというエールを送ります。

 今回の天皇杯の敗退で、2012年の全シーズンの日程を終えたFC町田ゼルビア。

 正直、今シーズンは、試合を観ていても、
あまり楽しい気分にはなれませんでした。

 来シーズンは、JFLからの再スタートになりますが、
秋田新監督のもと、しっかりと鍛えなおして、
スカッと胸のすくようなサッカーを見せてください。
岡本太郎さんばりの「爆発」を期待しています。
そして必ず1年で、J2復帰を決めてくれることを願っています。

 大阪に行く前に、フロントの大友さんとお話させていただき、
スワン町田店として、来シーズンもささやかながら、
スポンサードを続けさせていただくことをお約束させていただきました。

 FC町田ゼルビアをずっと応援し続けます。

(天野)

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障害のある人の「はたらくよろこび」をつくる。就労継続支援A型事業所が「ディーセントワーク実現」の鍵を握る

 前回の記事は、「没」になった原稿の掲載にもかかわらず、たくさんの方にお読みになっていただけたようです。

 折角なので、書きなおした原稿の方も掲載させていただきます。

タイトル:障害のある人の「はたらくよろこび」をつくる

★給料があがることで、夢や希望を語りだす

 社会福祉法人ウィズ町田(以下、「ウィズ町田」)では、障害者自立支援法の施行前から、就労支援に積極的にとりくんできています。

2004年に市の委託を受け、東京都の「区市町村障害者就労支援事業」に基づく「就労支援センターらいむ」(以下、「らいむ」)を開設して以来、これまでに法人内外の延べ200名を超える人たちの一般就労を支援してきました。法人内事業所に限っても、50名を超える人たちが、一般就労に移行しています。

 「公益財団法人ヤマト福祉財団」を設立された故小倉昌男氏のお話を聞き、「工賃1万円からの脱却」を目標に、2000年に、お弁当づくりの作業をおこなう「Cスクエアあじさい」(以下、「Cスクエア」)を開設し、1年目には平均工賃3万円、2年目には5万円を実現しました。

 給料(工賃)が上がるにつれて、それまでは、何をするにも遠慮がちであった障害のある人たちが、自らの仕事に自信と誇りを持ち、堂々と夢や希望を語るように変化していきました。

 「Cスクエア」の利用者のSさんは、以前は一般の企業で働いていましたが、不況でリストラに遭いました。通所前から、再就職をめざして、ひとりで何度もハローワークに通っては、求職活動を続けていましたが、なかなか次の仕事を見つけることができませんでした。通所後も、引き続き、求職活動を続けていましたが、私たち職員は、通常の業務を回すことに手一杯で、Sさんの就職活動を何一つサポートすることができませんでした。

 
★就労支援には、弱みを補い、強みを活かす機能分化と連携が重要

 2004年に「らいむ」を開設し、就労に向けての訓練の場としての「Cスクエア」と、就職活動の支援を専門的におこなう「らいむ」の双方で、役割を分担して、Sさんをサポートできる体制が整ったことにより、「らいむ」の開設後、わずか2ヶ月余りでSさんの再就職が叶いました。

 障害者自立支援法では、福祉的就労から一般就労への移行が大きな柱として掲げられました。とりわけ、就労移行支援事業は、2年間の有期限で、一般就労に向けて、日常的な職業訓練に加えて、職場開拓から定着支援まで多種多様な支援をおこなっていかねばなりません。

 ウィズ町田では、現在、3ヶ所の就労移行支援事業所を設置しています。その1つである「スワンカフェ&ベーカリー町田店」(旧「美空」)の就労移行支援事業(以下、「スワン移行」)からは、これまでに延べ30名の人が一般就労に移行しています。

 「スワン移行」が、こうした成果をあげてきた背景には、先述した「らいむ」との機能分化と連携があります。すなわち、就労支援のノウハウや企業の求人情報など雇用情勢にも詳しいジョブコーチが在籍する「らいむ」と、職業訓練の現場を持ち、個々の利用者の障害特性や適性を熟知している職員がいる「スワン移行」とが、互いの弱みを補い、強みを活かした有機的な連携をおこなってきたということです。

★ディーセントワーク実現の鍵を握る就労継続支援事業A型の伸長

 また、ウィズ町田では、現在、2ヶ所の就労継続支援A型事業所を設置しています。ここでは、計30名のすべての利用者に地域最低賃金(時給850円)を支給しています。

 現在、全国のA型事業所の数は、約1300ヶ所です。一方、東京のA型は40ヶ所にも足りない数です。東京のA型が少ない理由は、全国で最も最低賃金が高いという消極的な理由と、企業数が多く、障害者雇用の機会が、地方に較べて恵まれているという積極的な理由が推測されます。

 私は、今後、「ディーセントワーク」の実現に向けて、A型事業所の質量ともの伸長が大きな鍵を握っていると考えています。

 「ディーセントワーク」の根幹を成すのは、「はたらくよろこび」です。
 「はたらくよろこび」を生みだす要素には、当然、給料の額の多寡も含まれるはずです。もちろん、雇用促進法の改正や賃金補填制度の創設など長期的に追及していかねばならない運動的課題も重要ですが、障害のある人たちにとっては、「もう、待ったなし!」の状況がずっと続いています。

 福祉の現場で、はたらく私たちに望まれることは、目の前で困っている人に、手を差し伸べる勇気と行動ではないでしょうか?

 社会福祉法人ウィズ町田 理事長 
 スワンカフェ&ベーカリー町田店 サービス管理責任者
 天野 貴彦

 長い文章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 「ディーセントワーク実現」のために、大きな鍵を握っていると考えられる就労継続支援事業A型ですが、実際の経営は、かなり厳しいというのが現状です。

 ウィズ町田のスワン1号店、2号店も今年度は赤字決算が見込まれます。両店長に、指示を出し、3年間で経営を立て直し健全化する財政再建計画の策定に取り掛かることにしました。

 どんなに大変でも続けていかねばならない事業です。そして、続けていくためには、きちんと採算の取れる仕組みをつくりあげることが必要です。

 スワンのお店に、ぜひ、ご来店ください。

(天野)

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