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静寂と内省の時間を乗せて走る代行バス

 2月28日、29日の2日間で、東北の被災地で復興に向けて、がんばっていらっしゃる3つの企業さんをご訪問させていただきました。

 今回の訪問の目的は、3月31日に仙台駅前にあるTKPガーデンシティ仙台で開催させていただく「東日本大震災から1年。被災地の障がい者の働く場スペシャルパワーアップフォーラム」(公益財団法人ヤマト福祉財団主催)の事例報告で、ご出演いただくことに対する御礼と、ご挨拶をさせていただくことでした。

 新しい障がい者の働く場の復興の姿を描くことを目的に開催するこのフォーラムの午後のプログラム「事例報告:ピンチをチャンスに!~企業とのコラボレーションが生みだす新たな可能性~」の中で、企業と福祉施設が共同で商品開発や市場開拓にとりくんでいる事例を報告させていただき、参加者の方々といっしょに、地域や施設の復興に向けての新しい可能性を探っていきたいと考えています。

 28日は、石巻の企業さんを訪ねました。

 仙台(あおば通り駅)と石巻(石巻駅)を結ぶJR仙石(せんせき)線は、震災による津波の被害を受けて、高城町(たかぎちょう)駅と矢本(やもと)駅間が今も不通になったままで、1時間に1本の代行バスが運行されています。

 今回は、この代行バスに乗り、石巻に向かいました。高城町の代行バス停留所が駅前から離れているため、バスは1つ手前の松島海岸駅から約30名のお客さんを乗せて、出発しました。

 松島は観光客も少しずつ戻り始めているようで、小雪まじりの天気でしたが、松島海岸駅では、40~50名のお客さんが降りました。バスの窓からも、営業中の土産物屋を何軒か見ることができました。日本三景にも数えられる松島は、風光明媚な観光地です。被災地を元気づかせるためにも、機会があれば(否、機会をつくってでも)、ご旅行されてみてはいかがでしょうか?

 代行バスは、停留所ごとに、律儀に停まっては、ドアを開閉させますが、お客さんの乗り降りはほとんどありません。

 バスは、陸前大塚駅の手前から線路に沿って、海辺を走ります。陸前大塚駅は、ホームの目の前に松島湾が広がっていました。この先の東名(とうな)駅と野蒜(のびる)駅の間では、震災時、津波により4両編成の上り電車が押し流されました。くの字に折れ曲がった電車の写真や映像が記憶に残っている方もいらっしゃると思います。

 地震で緊急停止した電車から、乗務員の指示に従い、近くの小学校の体育館に避難した後、避難所が津波に襲われ、亡くなった方もいらっしゃいます。同じ時間に野蒜駅を出発した下り電車も同じように、緊急停止しました。停止した場所が丘の上で、乗り合わせた地元の方が、「車内に残った方が安全」と乗務員の避難誘導を制止し、指示に従ったことで、乗客・乗務員ともに全員が命をとりとめることができました。

 地元の方が乗っていらっしゃるバスの車内からカメラを向けることはとてもできませんでした。この辺りは、まだ被害を受けた家屋がたくさん残っていました。

 JR東日本では、陸前大塚駅から陸前小野駅までの区間を内陸部に500メートルほど移設して、復旧させることを決定しています。

 震災前、仙台ー石巻間を最速1時間で結んでいた仙石線ですが、松島海岸ー矢本間の18.2キロ(鉄道営業距離)を代行バスは約1時間かけて走ります。平時であれば、海沿いを走るバスの旅は、きっと心躍る旅になったことでしょう。しかし、車内の誰もが押し黙ったまま、静けさだけを運ぶ1時間は、とても長く感じられました。

Daikoubus

(矢本駅前に到着した代行バス)

 長くなりましたので、訪問先企業の様子は、次の記事に掲載させていただきます。

(天野)

 

 

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