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福祉と雇用のかけ橋をめざす新たなチャレンジ。岩手県宮古市の有限会社とりもと・『カリー亭』さんを訪問しました。

 仙台市の「障害福祉サービス事業所ぴぁ」さんを後に、盛岡に移動。宮古へは、ここから2時間以上かかります。盛岡で1泊し、翌(14日)朝、バスで宮古に向かいました。

 「有限会社とりもと」さんが経営する「カリー亭」では、16年前から障害者雇用をはじめ、現在では、7名の障害のある人がスタッフとして、働いています。

 東日本大震災では、3名の障害者スタッフが働いていた焼き鳥居酒屋「鳥もと」が、津波の被害を受け、使用不可になりました。カレー専門店「カリー亭」は、正面の山が自然の防潮堤になってくれたおかげで、大きな被害を免れることができました。

 震災および震災後の活動に関わる詳しい状況は、こちら

 マスターの小幡さんは、もともとは東京の方。「しっかり働いて、しっかり遊ぶ」ことをモットーに、機械関係の仕事をされていましたが、30歳の頃に、「田舎暮らしをしたい」と考え、魚と海と、山と川が好きということで、選んだのが自然豊かな宮古市でした。

 宮古では、3坪の店を借り、焼鳥屋を始めました。「東京から来た変わった夫婦がやっている店」というのが売り物だったということですから、豪快な方です。

 繁盛して、徐々にお店も大きくなった頃、常連の養護学校の先生から、知的に障害のある3名の生徒の職場実習を依頼されました。2つ返事で受け入れてはみたものの、ネギ間の串を1本さすのに、10分かかる姿を見て、驚かれたそうです。それでも1年経つと、焼き鳥をひとりでつくれるようになりました。

 「障害のない人が20分で覚えることを、彼らは1年かけて覚えた」。小幡さんは、その背景に、実習生たちが、皆、児童養護施設育ちで、母親が調理をする姿を見ないで育ってきていることもあるのではないかと考えました。

 「(彼らのように)努力する若者たちに、職場を提供することが大人の役割」と考えた小幡さんは、焼鳥屋に続けて、カレーのお店を開店させ、障害のある人たちの雇用を始めました。

 「(雇用主に)ひとりずつ、きちんと育てていく気持ちがあれば、彼らは伸びる」「その人に合った仕事をつくりだすこともできる」

 「飲食店で、障害のある人が働くことは、社会性が身につき、とても良い」

 「(居酒屋など)夜の仕事というと、福祉施設や就労支援機関は敬遠したがるが、その人にあった多様な働き方があってよい」

 ポンポンと小幡さんの口から飛び出してくる言葉は、愛情と自信をもって、障害者雇用を続けてきたからこそ言えるホンモノの言葉でした。

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(「カリー亭」の看板メニュー「チキンカレー」。スプーンで簡単に切れるほど、じっくり煮込んだ鶏もも肉が絶品のスパイシーなカレー。650円)

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(「カリー亭」の厨房で働く障害者スタッフ。手前にある大きなレトルト製造器で製造されたカレーは全国から注文を受け、発送されています)

 小幡さんのとりくみのすごいことは、就労を支えるだけでなく、安定した就労のために必要な暮らしの場もつくりだしていることです。

 グループホームなど福祉の制度を利用することなく設置した社員寮には、現在4名の障害者スタッフが暮らしています。食事の世話をされているのは、ひとり暮らしの高齢者の方です。

 社員たちは、毎月、家賃と食費を収める以外に、食事の世話をしてくださる「世話人」さんに、2万円の御礼を直接、支払います。これは、障害のある人にとっても、高齢者の方にとっても、お互いの顔が見え、また、お互いの生きがいにもつながるとても素敵な「しくみ」であると思いました。

 社員寮の見学には、障害者スタッフのふたりが、通勤用の自家用車に私たちを乗せ、案内してくださいました。福祉の世界で長く働いている私にとっては、このこと自体が驚きと感動でした。

 送迎などで、知的障害のある人を車に乗せることはあっても、彼らが運転する車に乗せてもらった経験はこれまで一度もありません。車がないと不便な地方都市という環境もありますが、落ち着いたハンドル捌きからも、彼らが誇りをもって働いていることが伝わってきました。

 実は、もっとびっくりした素敵な事実があるのですが、それは、「コトノネ」第2号のお楽しみということで、大切に温めておくことにします。

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(「カリー亭」の閉店後は、マスターの小幡さん(手前右)を囲んで、毎日、真剣なミーティングが実施される)

 小幡さんは、震災後の新たなチャレンジとして、NPO法人を新たに設立し、「カリー亭」を就労継続支援A型事業所として、再スタートさせる準備にとりくまれています。

 「高い給料を支払うために、売れる商品をつくりだすことは、コスト意識の低い福祉事業者には困難なのではないか?」

 「福祉の給付金や雇用の納付金などが本当に、障害のある人たちの暮らしを良くしていくために使われているのだろうか?」

 「障害のある人の少なくとも3分の1は、仕事の場所さえあれば、普通に働けるはずなのに、そういう場があまりにも少ない」

 「企業が、障害者雇用をするのには、経済的にも心理的にもコストや負担が大きい。うまくそれらを軽減するしくみをつくれないか?」

 新しいチャレンジの裏側には、そうした小幡さんの思いや疑問がたくさん渦巻いているようです。

 

 福祉と雇用のかけ橋をめざす小幡さんの「カリー亭」のとりくみは、3月31日に仙台市で開催予定の「公益財団法人ヤマト福祉財団」さん主催の「スペシャルパワーアップフォーラム」の事例報告で聞くことができます。

 現在、参加申込受付中の同フォーラムの詳細は、こちらをご覧ください。

(天野)

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