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2012年2月

「生活の思い出がつまったこれらを『瓦礫』と呼ぶことはできない」とマスターはぽつりと呟いた。~『コトノネ』第2号の取材で訪ねた岩手県宮古市の光景から~

 前回のブログで、ご紹介した「カリー亭」さんのある岩手県宮古市は、震災後、私が初めて訪れた被災地のひとつでした。

 あまりの惨状に、カメラを向けることもできず、写真こそ1枚もありませんが、今でもあの光景は瞼の裏に焼き付いています。

 10か月に訪れた町の印象を、ウィズ町田の広報紙に記してみました。一部抜粋して、このブログに掲載します。

(ウィズ町田 広報紙「With №47」より)

 東日本大震災から。11ヶ月経った岩手県宮古市を訪ねました。

 震災後の昨年3月末、支援物資を積み込んだ車で、遠野市から釜石市の中心市街地に入ると、そこには信じがたい光景が広がっていました。

 木っ端みじんに破壊された木造家屋、躯体のみが残ったコンクリートの建物、異様な形に押しつぶされた車、折れ曲がった電柱に絡みついた漁具、打ち上げられた漁船…。

 釜石市から海沿いに国道45号線を大槌町、山田町、宮古市へと北上しました。

 鋸の刃のようにギザギザに入り組んだリアス式海岸の地形は、入り江にある平野部には町が栄え、町と町の間には険しい山が海岸まで迫り、かっては陸路での移動が困難であったといいます。

 人家のない山越えの道は、おそらく震災前と大きくは変わらないでしょう。しかし、一山越えて、町や集落に入る度に、目にする光景はまるで戦場の跡のようで、言葉も感情も凍りつくような凄まじさでした。

 支援物資を届けた宮古市立鍬ケ崎小学校の避難所は、校庭まで津波が押し寄せました。車を降りて、歩いた港までの道の両側には「がれき」の山がうずたかく積まれていました。

 よく観ると、その中には衣類や食器、本やアルバムなど、生活の匂いが染みついたものがいくつも交じっていました。とても一括りに瓦礫などと呼べないそれらの品々の持ち主を思い、心の中で何度も手を合わせながら、重い足取りを進めました。

 あれから10カ月。『コトノネ』第2号の取材のために降り立ったJR山田線・宮古の駅前は、津波の被害を受けていないこともあり、「ここが被災地?」と、思えるほど長閑な佇まいを見せていました。

 取材先の『カリー亭』さんは、国道45号線が宮古の市街地に入る手前にありました。

 昨年3月にこの道を辿った時には、すでに営業を再開していたということですが、当時、車線が半分になった国道の両脇は「がれき」で埋まり、その陰に隠れて見落としてしまっていたのかもしれません。

 市街は一見、平穏さを取り戻しているようにも見えますが、マスターの小幡さんに案内されて、歩いた港には、津波の爪痕がまだ生々しく残っていました。

 何より港近くの埋め立て地に集積された膨大な「がれき」の量には、復旧・復興までには本当にまだまだ長い歳月を必要とすることを思い知らされました。

 「生活の思い出がつまったこれらを『がれき』と呼ぶことはできない」と、ぽつりと呟いたマスターの言葉が心の奥底に深く響きました。

(以下、略)

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(港にある倉庫の屋根は、津波の強烈な引き波により、

果物の皮をむいたようにめくれあがっていた)

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(埋め立て地の「がれき」集積所では、大型重機が何台も稼働しているが、

この山がすべて消える日は、一体いつになるのだろうか?)

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(新しい防潮堤をつくる工事も進められている。

この巨大な構造物を、陸地で組み上げた後、海に運ぶという)

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(大量の貝が付着した大木の残骸。

こんな大木が津波で海に運ばれ、また引き上げられたのだろう)

 障害者施設の復興支援や、『コトノネ』の取材で、被災地に足を運び、被災地で暮らす人たちにお話を伺う度、復旧・復興への道のりの遠さと、それに反して、被災地以外では、段々、震災の記憶が薄れていこうとしていることとのギャップに心が苦しくなります。

 だからこそ、「伝えつづけていくこと」の大切さを一層、感じます。

 昨年3月に被災地を初めて訪問したあの時、あの光景に、カメラを向けることができなかった自分を、今になっては、少し恥じる気持ちが芽生えています。

 来週は、3月31日に開催するヤマト福祉財団取材の「パワーアップフォーラム」の実行委員として、宮城県石巻市と、福島県南相馬市を訪ねてきます。

(天野)

 季刊誌『コトノネ』の公式サイト『コトノネヤ』のブログでは、『コトノネ』の編集に関わるスタッフの記事をすべてご覧になれます。

 『コトノネヤ』へのアクセスは、こちらまで。

 

 

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福祉と雇用のかけ橋をめざす新たなチャレンジ。岩手県宮古市の有限会社とりもと・『カリー亭』さんを訪問しました。

 仙台市の「障害福祉サービス事業所ぴぁ」さんを後に、盛岡に移動。宮古へは、ここから2時間以上かかります。盛岡で1泊し、翌(14日)朝、バスで宮古に向かいました。

 「有限会社とりもと」さんが経営する「カリー亭」では、16年前から障害者雇用をはじめ、現在では、7名の障害のある人がスタッフとして、働いています。

 東日本大震災では、3名の障害者スタッフが働いていた焼き鳥居酒屋「鳥もと」が、津波の被害を受け、使用不可になりました。カレー専門店「カリー亭」は、正面の山が自然の防潮堤になってくれたおかげで、大きな被害を免れることができました。

 震災および震災後の活動に関わる詳しい状況は、こちら

 マスターの小幡さんは、もともとは東京の方。「しっかり働いて、しっかり遊ぶ」ことをモットーに、機械関係の仕事をされていましたが、30歳の頃に、「田舎暮らしをしたい」と考え、魚と海と、山と川が好きということで、選んだのが自然豊かな宮古市でした。

 宮古では、3坪の店を借り、焼鳥屋を始めました。「東京から来た変わった夫婦がやっている店」というのが売り物だったということですから、豪快な方です。

 繁盛して、徐々にお店も大きくなった頃、常連の養護学校の先生から、知的に障害のある3名の生徒の職場実習を依頼されました。2つ返事で受け入れてはみたものの、ネギ間の串を1本さすのに、10分かかる姿を見て、驚かれたそうです。それでも1年経つと、焼き鳥をひとりでつくれるようになりました。

 「障害のない人が20分で覚えることを、彼らは1年かけて覚えた」。小幡さんは、その背景に、実習生たちが、皆、児童養護施設育ちで、母親が調理をする姿を見ないで育ってきていることもあるのではないかと考えました。

 「(彼らのように)努力する若者たちに、職場を提供することが大人の役割」と考えた小幡さんは、焼鳥屋に続けて、カレーのお店を開店させ、障害のある人たちの雇用を始めました。

 「(雇用主に)ひとりずつ、きちんと育てていく気持ちがあれば、彼らは伸びる」「その人に合った仕事をつくりだすこともできる」

 「飲食店で、障害のある人が働くことは、社会性が身につき、とても良い」

 「(居酒屋など)夜の仕事というと、福祉施設や就労支援機関は敬遠したがるが、その人にあった多様な働き方があってよい」

 ポンポンと小幡さんの口から飛び出してくる言葉は、愛情と自信をもって、障害者雇用を続けてきたからこそ言えるホンモノの言葉でした。

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(「カリー亭」の看板メニュー「チキンカレー」。スプーンで簡単に切れるほど、じっくり煮込んだ鶏もも肉が絶品のスパイシーなカレー。650円)

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(「カリー亭」の厨房で働く障害者スタッフ。手前にある大きなレトルト製造器で製造されたカレーは全国から注文を受け、発送されています)

 小幡さんのとりくみのすごいことは、就労を支えるだけでなく、安定した就労のために必要な暮らしの場もつくりだしていることです。

 グループホームなど福祉の制度を利用することなく設置した社員寮には、現在4名の障害者スタッフが暮らしています。食事の世話をされているのは、ひとり暮らしの高齢者の方です。

 社員たちは、毎月、家賃と食費を収める以外に、食事の世話をしてくださる「世話人」さんに、2万円の御礼を直接、支払います。これは、障害のある人にとっても、高齢者の方にとっても、お互いの顔が見え、また、お互いの生きがいにもつながるとても素敵な「しくみ」であると思いました。

 社員寮の見学には、障害者スタッフのふたりが、通勤用の自家用車に私たちを乗せ、案内してくださいました。福祉の世界で長く働いている私にとっては、このこと自体が驚きと感動でした。

 送迎などで、知的障害のある人を車に乗せることはあっても、彼らが運転する車に乗せてもらった経験はこれまで一度もありません。車がないと不便な地方都市という環境もありますが、落ち着いたハンドル捌きからも、彼らが誇りをもって働いていることが伝わってきました。

 実は、もっとびっくりした素敵な事実があるのですが、それは、「コトノネ」第2号のお楽しみということで、大切に温めておくことにします。

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(「カリー亭」の閉店後は、マスターの小幡さん(手前右)を囲んで、毎日、真剣なミーティングが実施される)

 小幡さんは、震災後の新たなチャレンジとして、NPO法人を新たに設立し、「カリー亭」を就労継続支援A型事業所として、再スタートさせる準備にとりくまれています。

 「高い給料を支払うために、売れる商品をつくりだすことは、コスト意識の低い福祉事業者には困難なのではないか?」

 「福祉の給付金や雇用の納付金などが本当に、障害のある人たちの暮らしを良くしていくために使われているのだろうか?」

 「障害のある人の少なくとも3分の1は、仕事の場所さえあれば、普通に働けるはずなのに、そういう場があまりにも少ない」

 「企業が、障害者雇用をするのには、経済的にも心理的にもコストや負担が大きい。うまくそれらを軽減するしくみをつくれないか?」

 新しいチャレンジの裏側には、そうした小幡さんの思いや疑問がたくさん渦巻いているようです。

 

 福祉と雇用のかけ橋をめざす小幡さんの「カリー亭」のとりくみは、3月31日に仙台市で開催予定の「公益財団法人ヤマト福祉財団」さん主催の「スペシャルパワーアップフォーラム」の事例報告で聞くことができます。

 現在、参加申込受付中の同フォーラムの詳細は、こちらをご覧ください。

(天野)

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「フロントの仕事」と「メジャーな商品開発」が、障害のある人たちの働くと暮らすを変えていく。宮城県仙台市の障害福祉サービス事業所『ぴぁ』さんを訪問しました。

 「コトノネ」第2号の取材で、2月13日~15日まで、今年になって初めて東北を訪ねました。

 今回の取材先は、仙台市にある「NPO法人福祉ネットABC」さんが運営する「障害福祉サービス事業所ぴぁ」さんと、岩手県宮古市にある「有限会社とりもと」さんが運営する「カリー亭」さんの2ヶ所。

 「ぴぁ」さんは、若林区遠見塚にあるお弁当づくりと燻製づくりをおこなう事業所の他に、宮城県庁(仙台市青葉区)の最上階で、「レストランぴぁ」を営業されています。レストランは、仙台市街を一望できる立地に恵まれ、そこで供される食事も絶品です。

 遠見塚の事業所で製造している厚生労働大臣賞と水産庁長官賞を受賞した「伊達の燻製」を使用した「伊達の燻製ランチ(1200円)」は、レストランの看板メニュー。さくらのチップで丁寧に燻した銀鮭、ホタテ、かじきの燻製は、ほっぺたが落っこちるほどの美味しさでした。

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(「伊達の燻製ランチ」 メインは、ふっくらと薫り高い銀鮭の燻製。)

 レストランは、現在、就労継続支援B型事業所として、運営されていますが、そこで働いている障害のある人たちの月の給料は平均4万円を超えています。

 4月からは、遠見塚の現事業所のすぐそばに、燻製工場を新築し、就労継続支援A型事業所を新たにスタートされるということでした。

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(遠見塚の事業所でのお弁当の仕込み作業の様子)

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(「伊達の燻製」を生みだす燻製機。4月に開設する新工場では、燻製機を3台に増やし、製造量アップを図る計画です)

 事業所を運営するNPO法人の佐藤耀代・代表理事の次のお話が印象に残りました。

 「県庁レストランの出店やお弁当の配達を通して、県の行政にも、障害者のことをもっと身近に感じてもらい、知ってもらいたい」

 「障害のある人が誇りをもって働くためには、『見守り』ではダメ。接客など『フロントの仕事』が一番。『フロントの仕事』をすることで、障害のある人が変わり、成長につながっている」

 「『伊達の燻製』は、県の水産加工研究所の協力を仰ぎ、開発した商品。賞を受け、ブランド化を図る。障害を売り物にした商品ではなく、メジャーな商品開発が必要」

 詳しくは、「コトノネ」第2号(4月末発行予定)の特集記事とグラビアで紹介します。

 佐藤さんの息子さんも、県庁レストランで毎日、元気に働かれています。私たちのリクエストに応えて、何度も接遇の動作を繰り返し、見せてくれました。

 「(ご主人が亡くなられた後)、自分が居なくなっても、この子が食いっぱぐれないように、食べものづくりの仕事をやりたかったの」と、茶目っけたっぷりにお話しされた佐藤さんの優しさが、レストランや事業所のほのぼのとあたたかい雰囲気をつくりだしているようです。

(天野)

 宮古市「カリー亭」編は次につづきます。

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「コトノネ」が結んだ縁。「コトノネ」を携えて、春を探しに行こう!

 「コトノネ」創刊号で取材をさせていただいた福島県郡山市のにんじん舎の和田さん、福島県南相馬市のえんどう豆の佐藤さん、創刊号に寄稿してくださった南相馬市の末永さんから相次いで、「コトノネが届きました!」という御礼のメールをいただきました。

 皆さん、大変喜んでくださっているとともに、「もっとたくさんの人に読んでいただけるよう、コトノネを広げていく活動にとりくんでいく」とおっしゃってくださっています。こちらがたくさんお世話になったにもかかわらず、本当にありがたいと思っています。

 和田さんからは、2月18日、19日に四国の徳島で開催される障害者施設の研修会で福島からの報告をおこなうので、その際の資料として、「コトノネ」を配布したいという連絡をいただきました。もちろん、喜んでお送りさせていただきます。「コトノネ」四国デビューです!

 南相馬の末永さんは、えんどう豆を訪ねて、佐藤さんとお話されてきたとのことです。その足で、南相馬の図書館に行き、「コトノネ」を寄贈してきてくださったとのことです。

 「コトノネ」の編集をお願いしているランドマークの里見さんと、私(天野)も、東日本大震災が起こる以前は、お付き合いはありませんでした。(ふたりともに、応援しているFC町田ゼルビアの試合では、ちょくちょくお見かけしてはいましたが…)

 昨年4月に、町田で開催した被災地支援の物産展に足を運んでくださった里見さんとお話をさせていただいたのがきっかけとなって、「コトノネ」の創刊につながりました。

 それまでは、それぞれに別の世界で活動していましたから、あの震災がなかったら、こうした関係はまったく生まれなかったことでしょう。

 末永さんと佐藤さんも、同じ南相馬に暮らしながら、これまではまったく接点はなかったはずです。震災は多くのものを奪い去っていった一方で、新たなつながりを生むきっかけにもなりました。現在、生きている私たちには、その新たなつながりのもとに、新しい何かを創りだしていく役割を負っているのだと思います。

 「コトノネ」創刊号は、里見さんたち編集のプロの力をお借りしたこと、そして、何より快く取材に応じていただいた方々のご協力のかいあって、手前みそながら、予想を上回る素晴らしい出来栄えになりました。

 でも、これで満足してしまってはいけないと思います。

 「継続は力なり」。

 「コトノネ」の発刊を続けていくことと通して、まだまだ復興の道遠い、被災地の現状を伝え続けていくこと。障害のあるなしに関わらず、誰もが心ゆたかに暮らせる社会をつくりだしていくことに力を注いでいきたいと思います。

 「コトノネ」創刊号は、独立行政法人福祉医療機構様のご協力で、1万部を無償頒布というかたちを取らせていただくことができました。

 でも、残りの部数も1000部を切ってしまいました。著作権や肖像権の関係で、全部を掲載することは難しくなってしまうかもしれませんが、創刊号の紙面をWEBサイトでお読みになっていただけるよう、準備を進めています。

 ぜひ、たくさんの方にお読みになっていただきたいと願っております。

 また、お読みになっていただいた方には、第2号以降の発刊を支えるためにも、定期購読のお申し込みをお願いいたします。

 そして、ブログ等で、「コトノネ」のことをもっと広げていただけますようお願いいたします。

 来週は、第2号の取材で、仙台、宮古を訪ねてきます。

 岩手県宮古市は、震災後、3月下旬に、初めて被災地に足を運んだ際に、訪れた場所です。津波で壊滅的被害を受けた町は、とても言葉では表せないほどの惨状でした。

 震災から、まもなく1年になろうとしている今、どこまで復旧や復興が進んでいるのか、そして、まだ何が足りず、まだまだどんな支援が必要なのかを、しっかりと自分の目で確かめてきたいと思います。

 えんどう豆の佐藤さんのメールの最後は、次のような言葉で括られていました。

 「まだ、寒い日が続きますね。春が待ち遠しいです。

 でも、南相馬に本当の春が来るのはいつの日なのか、

 きっと、待っているだけでは、来ないような気がします。」

 みんなで春を探しに行きましょう! 春を捕まえに行きましょう!

(天野)

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~いっしょに生きる。暮らし元気マガログ~『コトノネ』の宣伝と普及にご協力ください

 『コトノネ』の編集でお世話になっている株式会社ランドマークの里見さんが、精力的に『コトノネ』の宣伝活動をしてくださっています。

 下記ブログで3連発。ぜひ、ご覧になってください。

http://o-shobo.jp/blog/2012/02/post-459.html#more (『コトノネ』創刊)

http://o-shobo.jp/blog/2012/02/post-460.html#more (創刊号は無料でお届けします)

http://o-shobo.jp/blog/2012/02/post-461.html#more (『コトノネ』はこの店で)

 「プロの仕事はこういうもんなんだ」と改めて、学ばされます。

 「福祉施設の経営改革が必要!」と唱えていても、まだまだ経験も力も足りないことを思い知らされます。もっと、がんばらねば!

 今回の『コトノネ』発刊事業は、独立行政法人福祉医療機構様の社会福祉振興助成事業の助成金を受けておこなっています。

 『コトノネ』の発行所は社会福祉法人ウィズ町田ですが、助成事業は、全国的・広域的ネットワーク事業という枠組みで、宮城県のはらから福祉会さん、京都府のまいづる福祉会さん、和歌山県の一麦会さん、岐阜県のいぶき福祉会さんの他府県の4つの社会福祉法人さんに、連携団体として、ご協力をいただいております。

 それぞれの地元で、『コトノネ』の普及にとりくんでいただいており、これもまた有難い限りです。

 創刊号は1万部の発行ですが、すでに8千部以上は、発送先も決まっており、町田市内の就労移行支援事業所サエラさんが、日々、封入と発送作業に、がんばってくださっています。

 『コトノネ』がお手元に届いた方からは、毎日、温かい励ましのメールをお寄せいただき、モチベーションアップにつながっています。(できる限り、返信させていただくように、がんばっていますが、まだ届いていない方がいらっしゃったら、申し訳ありません)

 来週月曜日から3日間の予定で、第2号の取材で、東北地方の事業所を訪問させていただきます。第2号では、レストランやカフェなど接客の現場で働く障害のある人たちの姿を特集のひとつに取り上げさせていただく予定です。

 『コトノネ』創刊号、ぜひ、お読みになりたいという方は、メールでご送付先をお伝えください。

 里見さんが紹介されているお店の他、ウィズ町田のスワン町田店、とうふ菜園玉川学園前店でも、創刊号を配布させていただいておりますので、お買物とと合わせてどうぞ、ご来店ください。

 皆様のホームページやブログ、ツイッター、フェイスブック等でも『コトノネ』をご紹介いただければ、大変ありがたく存じます。どうぞ、よろしくお願いします!

(天野)

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いっしょに生きよう。暮らし元気マガログ『コトノネ』への激励のメール(等)をいただき、ありがとうございます。

 1月末に創刊なった~いっしょに生きよう。暮らし元気マガログ~『コトノネ』。

 先週から、発送作業にとりかかっていますが、まだ、ほんの少しの方にしかお送りできていません。封筒印刷から封入作業、発送作業までをお手伝いしていただいている町田市内の就労移行支援事業所サエラさんでもフル稼働で準備を進めてくださっており、明日(8日)には、1000部発送できるとのことです。

 すでにお送りさせていただいたところから、大変、ありがたいことに、、『コトノネ』に対するご評価のメールや年間購読のお申し込みをすでに何件かいただいています。

 そのいくつかをここでご紹介させていただきます。

【奈良県の事業所からいただいたメール】

ご無沙汰しております。

昨年、東北物産展でお世話になりました

奈良の●●です。

昨年来お話を聞かせて頂いていました

『コトノネ』が本日●●にも届きました。

楽しみにしておりましたので、本当にうれしく

思います。ありがとうございました。

創刊号が完成するまでの丁寧な取材や

様々な準備があってこそのこの完成度なんだと

全ての写真から伝わってくる「思い」を感じながら

読ませていただきました。

特に陸前高田の子ども達の眼差しには

しばらく動けないほど感じるものがありました。

さっそく定期購読を申し込む職員もいます。

ぜひ私もそうさせていただきます。

できれば、私の周りにも知ってもらいたいと思い

もし、数冊でも送っていただけるものが残って

おりましたら、お願いできますでしょうか。

実は、当法人も創立10周年を節目とし

記念冊子を作成しました。全職員参加で、必死で

作ったのですが、あらためて「コトノネ」からたくさんの

ことを学ばせて頂きました。

私たちもいつか、このようなかたちで「思い」を伝える

力を持ちたいと思いました。

ありがとうございました。

寒い日が続きますがご自愛下さい。

【京都の事業所(連携団体)からいただいたメール】

『コトノネ』創刊号 ご送付いただき本当にありがとうございます。

天野さんから製本前のカラー原稿をいただいていましたので、しっかり読み込んではいましたが

やはり、製本されると違いますね。一気に読みました。細かな部分まですごく配慮されており読み終わった後、涙がにじんできました。

天野さんと里見さんのお人柄がにじみでていました。(里見さん本当に素敵です!)

お疲れ様でした。そして、ありがとうございます。

何かとお世話になった割には何もできず本当に申し訳ありませんので、普及と宣伝につとめたいと思います。

2月もあちこちに飛び回ります。神戸で東日本大震災の講演をします。3050人くらいだと思いますが宣伝してきます。

そんなわけで、余裕があれば見本誌・宣伝紙を100部(もっとたくさんでもうれしいです)ほど送ってもらえませんでしょうか?

●●の「販売コーナー」にも並べて、代金の代わりに被災地の支援募金を募れればと思います。

よろしくお願いします。

取り急ぎお礼まで

『コトノネ』(勝手に)販売促進担当 ●●

【大阪の事業所の方からは、早速、コトノネヤの商品のご注文をいただきました】

こんにちは、私は財団法人●●市障害者事業団の●●と申します。

 

 この度は、「コトノネ」をご恵送下さり、本当にありがとうございました。

 一つひとつの記事や写真から、皆さんの息吹が伝わってきます。

 たまたま、先日、神奈川県のセルプ協さん&知的障害者福祉協会さんの

研修におじゃましたとき、カンバッジを買わせていただいたので、記事をみつけた

ときは、それだけでうれしくなりました。

 さて、次の商品を購入したく思いますので、このメールにて申込をさせて頂きます。

 今後とも、どうぞ、よろしくお願いします。

 失礼します。

【個人の方からも、年間購読のお申し込みをいただきました】

コトノネ創刊号をお送りくださりありがとうございました。

この所の寒さで、縮こまり家でだらだらしていましたが、この創刊号を読み、心がしゃんとしました。大きなエネルギーが紙面から伝わってきました。

戸羽陸前高田市長のインタビュー、鼎談、武田元理事長に聞く に特に心を打たれました。

熱意と使命感を強く感じます。退職前は教師をしていました。同じように元教師だった武田理事長の生き方に頭が下がります。

病気治療後、のんびりと日々を過ごす自分と比べ、恥ずかしい気がしました。

出来る範囲で、障がい者の皆さんとの絆を深めたいと思います。コトノネの今後が楽しみです。何かお手伝いできることがありましたら、よろしくお願いいたします。

 『コトノネ』創刊号は、独立行政法人福祉医療機構様の社会福祉振興助成事業の助成金を受けて、ご希望される方に無償頒布しております。

 『コトノネ』の無償頒布・発送(送料無料)をご希望の方は、下記メールアドレスまで『コトノネ』希望とご記入の上、送付先とお名前をお知らせください。

 s-raimu@nifty.com

 皆様のご理解とご支援をよろしくお願い申し上げます。

(天野)

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『コトノネ』の納品と、WEBサイト『コトノネヤ』の開設。

 1月31日の午後。

 突如、町田市中町1丁目にある「就労支援センターらいむ」の事務所に、出現した謎の大ピラミッド。

Kotonone001

 その正体は…、

 1月末に、創刊なった『コトノネ』を積み重ねてできたピラミッドです。

 30冊ずつ梱包された26×18×13の包みが300個以上。

 トラックの荷台から、バケツリレー方式で運びこむだけで、腕が疲れました。

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 梱包を開いてみると、

 郡山市のにんじん舎さんで働くOさんの満面の笑顔が表紙を飾った、できたてほやほやの『コトノネ』が、飛び出してきました。

 これまでも、ゲラは何度も校正作業の中で、見ていましたが、こうして、実際に雑誌のかたちになったものを手に取ってみると、感慨もひとしお。思わず、Oくんの笑顔に頬ずりしたくなりました。

 

 納品が完了して、次の仕事は、発送作業になります。

 1万部の発送にむけて、この間、発送名簿の作成とラベル印刷をこつこつと続けてきて、すでに5000部分のラベル印刷は終わっています。

 発送作業と、発送用の封筒印刷は、同じ町田市内にある就労移行支援事業所の森工房サエラさんにお願いすることにしました。

 サエラさんでは、事務系職種への就職を想定した丁寧な職業訓練にとりくまれているので、安心してお任せすることができます。

 来週末頃には、皆さんのお手元に届くかと思いますので、楽しみにしていてください。

 障害福祉関係の記事が、中心の雑誌ですが、

 中には、こんな記事もあります。

 Kotonone003

 今季からJリーグに昇格した地元町田市のサッカークラブチーム

 FC町田ゼルビアの酒井良選手がとりくんだ

 被災地の子どたちを応援する「酒井プロジェクト」の紹介記事。

 面白いし、とってもいいアクセントになっています。

 もうひとつ嬉しいご報告を…。

 雑誌『コトノネ』とリンケージするかたちで、下記WEBサイト『コトノネヤ』を開設しました。

 http://kotononeya.jp/

 

 今後、コンテンツも随時、充実させていきますので、お時間のあるときにでも、覗いていただければ光栄です。

 『コトノネ』創刊号の発行およびWEBサイト『コトノネヤ』の開設にあたっては、「独立行政法人福祉医療機構」様の「社会福祉振興助成事業」の助成金を活用させていただきました。謹んでお礼申し上げます。

(天野)

 

  

 

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