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復興にむけて石巻市でがんばるみなさんに勇気をいただいた。10月16日(日)、東京国分寺市で東北支援のための物産展が開催されます

 10月1日は、宮城県 石巻市を訪ねました。

 石巻市は、仙台市に次ぐ、県内第2の人口を擁する海辺の市です。金華山沖(三陸沖)は、黒潮(暖流)と親潮(寒流)がぶつかる世界三大漁場として知られ、全国でも有数の水産(加工)都市として知られています。

 仙台からは、三陸自動車道で約1時間の距離です。仙台と石巻を結ぶJR仙石(せんせき)線は、東日本大震災発生後は全線が不通になりました。現在は一部区間で運行を再開していますが、津波により線路や駅舎が消失した高城町(たかぎまち)~矢本(やもと)間は、不通が続いており、復旧にたっては、線路を内陸部に移設するなどの検討・計画が必要なことから全線再開の目途が立たない状況になっています。

 東日本大震災の被災地の自治体でもっとも甚大な被害を受けたのも、この石巻市です。これまでに3300名もの方が亡くなり、今もなお700名を超える方が行方不明になっています。

 最初に訪問させていただいた石巻市で10数か所の事業所を経営されている社会福祉法人さんでは、地震や津波によって法人内の事業所自体が全壊等の被害に見舞われたにもかかわらず、利用者の安全を確保した後、震災直後から、地域の避難所として、事業所を開放し、給食用の食材等を使い、食事提供などもおこなったというお話でした。

 また、震災で生活の場を失った障害のある人や家族が安心して暮らせるようにするため、日本財団の助成を得て、世帯向けのケア付仮設住宅40戸と単身の障害者向けグループホーム2棟を整備するなど、地域と一体となってまちの復興をめざす献身的なとりくみを続けていらっしゃいます。大変な状況、そして事業をもの静かにお話される理事長さんの器の大きさを感じました。

 詳しくは、下記のサイトをご覧になってください。

http://www.i-shoshin.or.jp/news.html

 http://www.fukkoushien-nuae.org/2011/05/28/%E5%AE%AE%E5%9F%8E%E7%9C%8C%E7%9F%B3%E5%B7%BB%E5%B8%82-%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E5%90%91%E3%81%91%E4%BB%AE%E8%A8%AD%E4%BD%8F%E5%AE%85-%E7%9F%B3%E5%B7%BB%E7%A5%A5%E5%BF%83%E4%BC%9A%E3%81%8C%E7%9D%80%E5%B7%A5-%E5%8D%98%E8%BA%AB-%E4%B8%96%E5%B8%AF%E7%94%A8%E8%A8%88-%E5%AE%A4/#permalink

 

 次に訪ねたのは、東北復興支援物産展で販売させていただいている「希望の缶詰」を製造していた「木の屋石巻水産」さんです。

 ブログですでにお伝えしています通り、缶詰の「発掘作業」はすでに終了しています。前日に訪ねた七ヶ浜町の障害者施設では、ちょうど最後の洗浄作業をおこなっているところでした。

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 缶詰の「発掘作業」の現場となった倉庫では、仕分けられ、廃棄処分となった缶詰が山積みになっていました。その数はおそらく何万個~数十万個といった単位です。

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 道路をはさんで倉庫の向かい側に、缶詰を製造していた水産加工場があったということですが、今は何も残っていません。この一帯は大小の水産加工場が立ち並んでいたということです。そのためか、辺りは水産品の腐敗臭が立ち込めています。地元の人のお話では、以前に比べると、格段に臭いが弱くなったということです。

 最後に、缶詰とセットで販売している「長寿味噌」を製造している「高砂長寿味噌」さんを訪ね、社長ご夫妻からお話をうかがいました。

 社長さんは、地震の後、従業員を高台に避難させた後、息子さんと一緒に、店の様子を見に戻ったところで、津波に見舞われました。背後に迫りくる津波から走って逃げ、辛うじて、高さ2メートルほどのブロック塀によじのぼり、足もとまで水につかりながらも難を逃れたということでした。

 目の前を老夫婦が乗った自動車が押し流されていく。中の人と目があったが、助けに行きたくても、流れが速すぎて、何もできなかったと無念そうにお話されていました。3月11日の石巻市は、冷たい雪が舞う厳しい天候でした。寒さに震えながら、何時間もブロック塀の上で、水が退くのを待って、奥さんたちが待つ避難所へ向かったということです。

 避難所では、水が退いた後に、お店から運び出した商品を、食料として地域の方に提供したということです。取引先の多くが、水産加工業者であった(希望の缶詰のサバの味噌煮などに使われている味噌も長寿味噌)ため、震災後の売上は激減しました。沿岸部にあったため、「高砂長寿味噌」は全滅したという憶測による情報も流れ、途方に暮れることもあったが、そんな中、遠方の取引先の方が、救援物資を持って、訪ねてきてくれたことが何より嬉しかったとお話されていました。

 地域の一日も早い復興のためには、「行政に頼ってばかりいても、何も進まない」「自分たちにできることを少しずつでも進めていかなければならない」と、専務を務める奥様と知恵を出し合い、新たな事業興しに積極的にとりくまれています。

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 障害者福祉施設とのコラボレーションによる商品開発にも積極的に力を貸してくださっており、大変、有難く思いました。

 震災から半年以上経った今も、石巻市では、海岸沿いには、「ガレキ」が山積みされています。1メートルを超える地盤沈下がおこった地域もあり、大潮や高潮のときには、マンホールから海水があふれ出し、市街地を水没させてしまう事態も続いています。

 そんな状況の中でも、弱音を吐かず、あきらめず、がんばっていらっしゃる方々とお会いすると、励ますどころか、逆にこちらが勇気を分けていただいているような気持ちになります。

 復興までには、まだまだ長い歳月がかかります。震災や被災地のことが忘れされれるようなことがあってはなりません。たとえ、被災地に支援に行くことが難しくても、被災地の商品を買い求めるなど、消費活動を通じて、居ながらにしてできる支援の方法はたくさんあります。

 そんな「らいむのブログ」からの発信に賛同していただき、各地で東北復興支援の物産展が開催されます。

 10月16日(日)には、国分寺市障害者センターさん主催の東北地方物産展が、東京都国分寺市で開催されます。お近くの方は、ぜひおでかけください。

「kokubunji_event.doc」をダウンロード (案内チラシ)

 

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 「希望の缶詰&長寿味噌」のセットも販売されます。

 「おいしい応援」をよろしくお願いします。

 今日も 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

(天野)

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