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2011年4月

「来た、この日が来た」 東北地方大物産展、本日開催! 「はらから福祉会」の武田理事長からのメッセージ

 「がんばるぞ、ニッポン☆がんばろう!東北」~東日本大震災による被災障害者施設復興支援キャンペーン~「東北地方 大物産展IN町田」を本日、開催します。

 開催場所は、町田まちづくり公社 「ぽっぽ町田」 ピロティ(一部広場)

 開催時間は、9:45~ 開会セレモニー

         10:00~17:00 大物産展 販売 です。

 たくさんの皆様のご来場をお待ちしております。

 3月25日に宮城を訪ね、はらから福祉会の武田理事長とお話をさせていただいてから、1カ月余り、1日で400万円の商品を売りつ尽くすという「無謀」とも思える理事長の提案に、二つ返事で賛同してくれた町田作業所連絡会の会員施設の皆様にまずは「ありがとう」の言葉を贈らせていただきます。

 この1カ月の間に、とりくみの輪、支援の輪は大きく広がっていきました。このとりくみを町田の1回限りで終わらせてしまってはいけない。被災地の復興のためには、細く長いではなく、太く長い支援が必要。同じような大物産展が全国各地で、毎週、毎日のように開催されるようにしていきたい。そんな願いに応えるように、大阪や岐阜をはじめ、開催の輪も広がってきています。

 あとに続くとりくみのためにも、この町田でのとりくみをマニュアル化し、成功モデルとして全国に発信していく。そのためには、是が非でも今日のこの大物産展を成功させなければなりません。町田作業所連絡会の「底力」を発揮して、明るく元気に今日1日、がんばっていきましょう!

 被災地の作業所をとりまとめてくださった、はらから福祉会の武田理事長から、開催に向けてのメッセージが届きました。スタッフのエネルギーにするために、そして、被災地の障害者施設で働く障害のある人たち、そして、それを支える職員や関係者の方々の思いを皆様に伝えるために、ここで紹介させていただきます。

「来た、この日が来た 皆さん、ありがとうございます」

 来た、この日が来た。今の率直な感想です。

今日までご準備いただいた町田作業所連絡会のみなさん、ご後援をいただいた町田市をはじめとする多くの関係者のみなさん、そして宮城からの商品輸送を一手に引き受けていただいたヤマト福祉財団の皆様に厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

 今、被災地は避難から復興への道を歩もうとしています。そのカギを握るのは仕事の見通しです。障害者施設も例外ではありません。はらから福祉会は3月、利用者へ通常の半分くらいしか賃金を支払うことができませんでした。何人かの利用者は津波で家族や家を失い、避難所暮らしを余儀なくされました。彼らが求めるものは何でしょうか。

 そんな時、町田作業所連絡会の天野理事長が被災地を訪れました。「今、必要な支援は?」という問いに、私は「被災地の障害者施設の商品を販売してくれること」と答えました。半分に減った利用者賃金をすぐにでも元に戻したかったからです。

 被災地の障害者施設の状況は様々です。強い余震も続いています。ライフラインも危ういところがあります。悪条件を挙げればきりがありません。大事なのはここからどう立ち上がるかだと思います。

 私たちはその立ち上がるきっかけをこのイベントからいただきました。4月28日、午前4時、蔵王すずしろは豆腐をつくり始めました。暗くて寒い、しかし多くの人が関わってこの豆腐が東京町田で販売される思うと、早朝の身震いする冷たさも心地よいものです。現状がどんなに困難であったとしても、見通しがあれば頑張ることができます。

 「天は乗り越えられる試練しか与えない」と言います。この試練、乗り越えます。「がんばるぞ!東北」、これを合言葉にしっかりやり抜こうと思います。

 みなさんから勇気と元気をいただきました。

 本当にありがとうございました。

2011年4月30日

社会福祉法人はらから福祉会  理事長 武田 元

 天気にも恵まれました。この空は、東北の空ともつながっています。

 さぁ、「ぽっぽ町田」にお出かけください!

 おっと、お財布を忘れずに!

「event02.doc」をダウンロード

(天野)

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「ぽっぽ町田」さんのブログで「東北大物産展」のイベントが紹介されています (カウントダウン情報22 あと1日)

 4月30日の「東北地方大物産展」の会場となる、町田まちづくり公社の「ぽっぽ町田」さんのブログで、同イベントのご紹介をいただいております。

 「町田まちづくり公社」さんの公式ホームページと併せて、ご覧になってください。

ホームページ

http://www.poppo.jp/

ブログ

http://www.machida-machinaka.jp/web/php/blog/ReportBlog.php?report_id=169

 当日は、同イベントと並行して、午後から広場で、ヘブンアーティストによる大道芸のイベントも開催されます。

 たくさんの皆様のご来場をお待ちしております。

(天野)

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特報! 漁業用フロートを復興支援の象徴として、ステッカーにしてみました (カウントダウン情報21 あと1日)

 いよいよ、東北地方大物産展の開催まであと1日になりました。

 今日の午後には、なないろに宮城からの荷物が到着します。被災地の代表者の方2名も午後に町田に到着の予定です。なないろでは、保護者の方のご協力も得て、総勢20名の体制で、物品の仕分け作業をおこないます。

 明日は、会場が使用可能になる8時に併せて、なないろから会場となるぽっぽ町田までの物品の輸送。ぽっぽ町田では、会場の設営と荷物の受け入れ・陳列作業を並行しておこないます。

 9時45分から開会セレモニー。主催者挨拶のあと、被災地の代表者のご挨拶、市長(代理)のご挨拶、市議会議長のご挨拶、ヤマト福祉財団のご挨拶と続き、10時から販売開始です。

 販売時間は、10時~17時まで、ボランティア90人体制で、約1万2千点の商品を売って、売って、売り尽くす覚悟です。皆さんは、買って、買って、買い尽くしてくださいますようお願いします。

 17時に閉店して、後片付け。20時からは、被災地の代表者の方も交えて、祝杯をあげたいと思っています。

 

 4月3日のブログ↓

http://raimu-raimu.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-d86d.html

に、大津波で打ち上げられた漁業用フロートを、復興支援の象徴として、なんとか活用できないものかという記事を書きました。

 その後、コメントをお寄せいただいた方からヒントをいただき、大物産展の開催に併せて、こっそりと、こんなものをつくってみました。

「float0311.pdf」をダウンロード

 フロート型ステッカーです。

 赤いフロートには、「がんばろう!日本」、黄色のフロートには「がんばるぞ!東北」の力強い言葉を入れました。

 イベント開催のギリギリ、昨日の夕方に、無事、ステッカーが届きました。

 30日のイベントでは、被災地支援のための募金箱を設置して、募金をしてくださった方にもれなく、このステッカーを進呈させていただきたいと思います。

 東日本大震災では津波により、三陸地方の漁業が壊滅的な被害を受けました。大切な船や漁具を失くして、途方に暮れている漁業関係者の方がたくさんいらっしゃいます。

 私は、できれば、このステッカーを被災地の障害者施設の人たちが仕事として、袋に詰めたり、注文を受けたりして、販売し、その収益を施設の復興のために生かすと同時に、できれば、収益の半分を地域の漁業復興のために役立てるような試みにつなげていっていただきたいと考えています。

 はらから福祉会の武田さんがこうおっしゃっていました。「被災地の作業所だけが復興してもダメ。被災地の産業全体が復興しなければ、真の復興とは言えない」と、そんな意味で、今回の物産展では、作業所の自主製品だけではなく、地域の名産品も販売します。

 同じように、地域の基幹産業である漁業の復興に少しでもお役に立てればと願っています。(三陸の牡蠣、ウニ、ホヤなど、私にとっては大好物なので)

 赤と黄色のフロートのステッカーの背景は、共に水色にしました。海にあってこそのフロートです。津波でたくさんの人の命を奪った海であっても、一方で命を育み、恵みをもたらす海でもあります。「がんばろう!」「がんばるぞ!」と呼応しながら、大切な海を守っていくことができればと思います。

 ステッカーが品切れになり、悲鳴をあげるくらいの、寄付を集めることができればと願っています。

 皆様の明日のご来場を心よりお待ちしております。ずっと言い続けてきたことですが、たとえ被災地に行かれなくても、居ながらにしてできる支援はたくさんある。

 被災地の復興のためには、ひとりひとりが3.11を忘れることなく、息の長い、太く長い支援を続けていくことが大切です。

 「がんばろう!ニッポン」「がんばるぞ!東北」 いよいよ明日です。

「event02.doc」をダウンロード

(天野)

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毎日新聞の都内版で大物産展が紹介されました。「宮城の障害者作業所、販路開拓へ支援の輪 町田の連絡会が協力」(カウントダウン情報20 あと2日 その2)

 本日の毎日新聞の朝刊、東京版で、4月30日の「大物産展」の記事を取り上げていただきました。毎日新聞社町田駐在の松本記者には、取材に足をお運びいただき、また、被災地や、同種のイベント開催を計画している他地域にも直接、お問い合わせをいただいたようで、ありがとうございます。さすがにプロの記者さんに書いていただくと、こちらの伝えたいことがすっきり伝わります。

 下記リンクから、毎日新聞の記事がご覧いただけます。なお、紙面では、写真入りで掲載されています。

http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20110428ddlk13040276000c.html

 リンク切れに備えて、以下に記事を転載します。

東日本大震災:宮城の障害者作業所、販路開拓へ支援の輪 町田の連絡会が協力 /東京

 ◇再開も製品売り上げ減少、被災地訪問時にSOS

 東日本大震災で被災した宮城県柴田町の社会福祉法人「はらから福祉会」(武田元(はじめ)理事長)が運営する8カ所の障害者の共同作業所は、震災から1カ月を経て、ようやく全面再開にこぎつけたが、新たな難題に直面している。製品の販売先が被災し、販路が確保できず、作業所で働く障害者にとっては十分な賃金が得られない状態が続いている。販路開拓に協力しようと全国各地の障害者関係団体が立ち上がった。【松本惇】

 きっかけは町田市のNPO法人「町田作業所連絡会」の天野貴彦理事長(50)が3月下旬に被災地を訪問し、以前から親交があった武田理事長から「販路開拓に力を貸してほしい」との切実な訴えを聞いたことだった。

 武田理事長が運営する宮城県内の8作業所の施設そのものに大きな被害はなかったが、水道やガスなどが止まったために作業中止に追い込まれた。今月20日ごろまでに全作業所の再開にこぎ着けたが、震災前の販売先が確保できず売り上げが減少した。3月の賃金は2万~3万円しか払えない作業所もあり、職員がカンパして支えたが、4月以降はさらに厳しい状況が続く。

 窮状を知った天野理事長は30日に町田市の「ぽっぽ町田」(原町田4)でチャリティーイベントを開くことを決めた。岩手、宮城、福島の3県の17作業所が参加し、クッキーやパン、豆腐などを販売する。すでに同NPOが販売価格で品物を買い取り、計約400万円を被災地の作業所に送る。

 さらに天野理事長がブログなどで呼び掛けたところ、堺市の「国際障害者交流センター」が29日、岐阜市の社会福祉法人「いぶき福祉会」が5月15日に同様の販売会を開催することになった。両者の担当者は「遠く離れた場所でも何か支援したいと思った。今後も定期的にやっていきたい」としている。

 天野理事長は「阪神大震災の時は被害が局所的だったため、大阪などの近隣で販路の確保ができたが、今回は被害が広範囲に及ぶため、遠方からの支援が必要。今回のイベント実施でマニュアルを作り、全国に発信していきたい」と話し、全国の共同作業所などでつくる「きょうされん」を通じて周知していきたいとしている。問い合わせは「就労支援センターらいむ」内の天野理事長(042・721・2460)へ。

〔都内版〕

 今朝、宮城の武田理事長から、ご連絡をいただきました。昨日から、被災地の拠点となる「はらから福祉会」に、各作業所から、次々と製品が届き、今日は早朝から、法人本部職員が総出で発送作業にとりくんでいるとのことです。

 商品は、今日の午後、宮城を発って、明日、町田に到着します。

 4月30日には、記事にある「はらから福祉会」の8作業所の他、全部で17か所の作業所・事業所の製品を販売いたします。

 カウントダウン情報7↓で取り上げた 

http://raimu-raimu.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/12-dfd5.html

 福島県南相馬市の「あさがお」さんの「こだわり味噌」は、全国の障害者施設団体の協力もあって、2.2トンの味噌がすべて売り切れになったということです。

 でも、大丈夫! 町田の皆さんの分は、しっかりと確保してありますので、ぜひ、お買い求めください。(青ばた味噌 400g 800円/白味噌 400g 400円)

 皆様のご来場をお待ちしております。

「event02.doc」をダウンロード

(天野)

 

 

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本日午後1時宮城発、ドキドキ、ハラハラ、ワクワクを乗せたトラックが町田に向けて走り出す (カウントダウン情報19 あと2日)

 いよいよ、あと2日になりました。願掛けするように、毎日、ブログを更新してきました。「もし途中で途切れたら、当日、雨が降る」…勝手にそんなプレッシャーを感じているような毎日でした。「ここまで来れば、もう大丈夫」、いいえ、油断は禁物です。あと1日、がんばって情報発信に努めます。

 昨日、はらから福祉会の武田理事長から、メールでご連絡をいただきました。昨日の朝から、被災地側の拠点となる「はらから福祉会」の2つの事業所に、どんどん品物が集まってきているとのことです。

 商品チェックをしたところ、個別に値札が貼られていなかったり、個数と金額が違っていたりと、まぁ、予測はできていたことですが、やはり、いくつかの「バグ」が発生しています。現地では、その対応に大わらわのようです。

 今日の午後1時に、ヤマト運輸さんのチャータートラックが集荷に来て、荷物は町田に向かいます。現地の混乱と熱気がそのままトラックに乗って、町田に運ばれてくるのかと思うと、ドキドキ、ハラハラ、そして、ワクワクします。

 町田の受け入れ体制も、ほぼ万全、整いました。29日の荷物の受け入れと仕分けは、「なないろ」の職員に加えて、利用者保護者の方にお手伝いいただけることになりました。20名体制で、商品をチェックし、当日に備えて、できる分はすべて荷物の積み込みを済ませておきたいと思っています。保護者の方からお手伝いのお申し出を受けたことを大変、ありがたく思います。本当にありがとうございます。

 当日は、全体で100名に迫る方から、ボランティアのお申し出をいただきました。まさに町田作業所連絡会の「底力」だと思います。ご協力をいただく皆様に心より感謝」申し上げます。そして、被災地の障害のある人たちに1日も早く、笑顔が戻るよう、みんなで力を合わせ、売って、売って、売りまくりましょう!

 当日は、10時からの販売開始に先立ち、9時45分から開会セレモニーを開きます。主催者の挨拶の後、被災地の代表者からのご挨拶、町田市および町田市議会からのご挨拶、そして、ご協力をいただいている公益財団法人ヤマト福祉財団からのご挨拶をいただく予定です。

 昨日までに、新聞社、テレビ局からのお問い合わせもいただいています。もしかすると、当日、テレビカメラが入るかもしれませんので、ご来場いただく方は、あらかじめご承知おきください。

 本イベントの目的を再度、確認しておきます。第1の目的は、被災地の障害者施設の復興支援です。ただ単にお金を送るのではなく、被災地の障害者施設の人たちが働いてつくりだした製品を売ることで、働く意欲や生きがい、給料を得る喜びを取り戻せるようにしていきたいと考えています。就労支援(授産)事業そのものの復興なしに、被災地の障害者施設の復興はないという思いです。

 第2は、こうしたイベントを今回の町田1回で終わらせてしまうのではなく、全国各地で継続的にとりくまれるような成功事例をつくり、それを情報発信をしていくことです。そのためにも、是が非でも、この町田のイベントを成功裡に終わらせなければなりません。町田作業所連絡会のメンバーは、95年の阪神・淡路大震災の時にも、会を挙げての支援活動をおこなった経験を持っています。まちされんの「底力」を発揮して、大成功に導きましょう。みんながみんな被災地に行かなくても、自分の街に居ながらにして、できる支援がたくさんあることを伝えていきましょう。

 第3は、阪神・淡路の時もそうでしたが、こうして力を合わせて、ひとつのイベントにとりくむことを通して、私たち自身が学び、得ることがたくさんあるということです。「つながり」は必ずや、閉そく感を打ち破り、前に進む力になります。イベントを成功させることは被災地のためになるだけではなく、私たち自身にとっても大きな糧となります。だから、今回のイベントは一方的な支援ではありません。支援する私たちもまた、被災地の障害のある人や施設の職員の方から支えられているのだという気持ちで、動いていきましょう。

 初心に帰る意味で、もう一度、今回のイベント開催の趣旨分と、被災地のはらから福祉会・武田理事長から届いたメッセージを貼り付けておきます。

「syushi.doc」をダウンロード

「message.doc」をダウンロード

「event02.doc」をダウンロード

 当日、ご来場いただくお客様を、笑顔でお迎えできるよう、最後まで力を尽くして準備を進めていきたいと思います。

 たくさんの方のご来場を心よりお待ちしております。

(天野)

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まほろ駅前東北大物産展へようこそ!(カウントダウン情報18 あと3日)

 先週の土曜日、4月23日から映画が公開された「まほろ駅前多田便利軒」は、この町田が舞台になっています。

 原作は、第135回直木賞を受賞した三浦しをんさんの「まほろ駅前多田便利軒」。映画の方は、物産展の準備が忙しく、まだ観に行けていませんが、原作の方はもちろんしっかり読んでいます。

 三浦しをんさんが、町田に住んでいた頃に、町田の住民ならほとんどの人が知っている「高原書店」で一時期、働いていらっしゃった縁もあって、「らいむ」の事務所の西側の栄通り商店街と、もうひとつ西側の商店街が「まほろ横丁」として映画とタイアップして、GW前半に、スタンプラリーのとりくみなども開催されるということです。

 チラシの裏には、映画の超簡単あらすじには、次のようにありました。

〈まほろ駅前多田便利軒あらすじ〉

 まほろ市の駅前に位置する便利屋、「多田便利軒」。その経営者である多田啓介、そして彼の元へ転がり込んできた行天春彦。二人の下へ舞い込んでくる、どこか奇妙で、きな臭い依頼に係わっていくうちに、さまざまな人間模様が見えていく。「まほろ市」は、著者である三浦氏が在住していた町田市がモデルとなっており、町田市中心市街地が主なロケ地となった。

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 「映画の主なロケ地になった」とあるように、ポスターやチラシに使われているこの場所も町田の中心市街地のある場所です。

 実は、結構、よく通っていた場所だったのですが、写真を観るだけでは、なかなか特定できませんでした。

 先日、30日の大物産展の会場をお借りする「ぽっぽ町田」を運営する「町田まちづくり公社」の方に、「この場所ってどこですか?」と尋ねたら、すぐに応えてくれました。

 意外や、意外。なんと「ぽっぽ町田」から、徒歩にして1分くらいの近場でした。ということで、今朝、「ぽっぽ町田」に打ち合わせにいった時に、下のような写真を撮ってきました。

Eventpromo

 ねっ! 同じ場所でしょ!

 写真を撮ったときは、とにかくビル風が凄まじくて、本当はもう少し、「仕込み」をしっかりしたかったのですが、まったく余裕がありませんでした。(旗の文字が裏側になっているのもご愛嬌ということで…)

 さりげなく、あちらこちらに、この写真をポスターにして、貼りだしで、宣伝したいのですが、さすがにそれはまずいのでやめておきます。

 「まほろ駅前多田便利軒」のファンの方、瑛太さんや、松田龍平さんのファンの方も、ぜひ、30日の東北大物産展においでください。(ご希望であれば、いつでも、ロケ地にご案内して、同じポーズで写真をお取りしますから…)

(天野)

 

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「このままではいけない」「変わらなくてはいけない」という思いが祈りや励ましになる (カウントダウン情報17 あと3日)

 いよいよ、あと3日に迫った「大物産展」。今日はこの後、会場となる「ぽっぽ町田」に行き、最終打ち合わせをおこないます。打ち合わせから戻った後は、前日準備と当日の運営について、人員の割り振りやタイムテーブルの作成をおこなう予定です。

 物産展で販売する商品は、前日(29日)の午後に町田に届きます。荷物の搬送は、公益財団法人ヤマト福祉財団様のご支援をいただけることになり、被災地、開催地ともに送料の負担がなくなりました。約20万円の経費が浮いた分、被災地の支援に回すことができます。

 また、当日はヤマト福祉財団からも、販売等のお手伝いの人員を出していただけることになりました。更に、財団ニュースでも、今回のイベントを紹介し、全国に広げていくお手伝いをしていただけるとのことです。3月11日の地震があった日、天野は銀座にある株式会社スワンの応接室で、スワンの海津社長と面会中でした。段々激しくなってくる揺れに、内心は怯えながらも、同じ年の海津社長と意地を張り合うように冷静を装っていました。

 海津さんも昨日、はらから福祉会の武田理事長を訪ねられたそうです。不思議な縁でどこかでみんながつながっていることを嬉しく思います。

 被災地から届く商品の量は、ロールボックス(かご車)で10本という情報を、ヤマト福祉財団の早川常務からいただきました。10トン車の約3分の2の量ということで、ちょっと想像がつきませんが、相当に覚悟のいることは確かです。被災地で、がんばっている障害のある人たちの姿を思いながら、大切に仕分けていきたいと思います。

 前日から、はらから福祉会の職員さん2名がお手伝いに来てくださるとのことです。イベント開会のセレモニーでは、被災地の代表者として、ご挨拶をいただくことになっています。Eさんとは、電話で一度お話させていただきましたが、朴訥な東北弁が心地よく耳に残っています。学生時代に何度か、東北地方の山に登りましたが、穏やかで粘り強い東宝の人たちの気質とぴったり重なるような、たおやかな山並みが印象に残っています。どんなご挨拶を聞けるかとても楽しみです。

 昨夜、毎日新聞町田支局の記者さんから連絡をいただきました。町田と同じように物産展のとりくみを計画されている大阪府堺市や岐阜県岐阜市の関係者の方にも精力的に取材をしていただき、できれば、この障害者施設の復興支援のとりくみを全国版で記事にしたいと奔走してくださったようです。

 残念ながら、全国版の記事としては、難しそうだということですが、地方版でも、こちらとしては大変ありがたいことです。最初は小さな一歩でも、しっかり前に踏み出すことが肝心です。

 スワン町田店がいつもお世話になっている毎日新聞の町田中央販売所さんが、物産展のチラシ3000枚を無料で、新聞折り込みしてくださるという嬉しい報告も入ってきました。

 町田作業所連絡会の会員施設からも、前日、当日のボランティア登録の用紙が届いています。でも、まだまだ人手が足りません。少しの時間でも構いませんから、物産展の成功のために、皆さんの力をお貸しいただければありがたく思います。

 このブログをご覧になっている方で、ご協力をいただけるという方がいらっしゃいましたら、下記メールアドレスまでご連絡ください。個人の方のご協力も大歓迎です。

s-raimu@nifty.com

 

 みんなが、被災地の人のために何か少しでも役に立ちたいという優しい気持ちに包まれている今の日本はすごく素敵な国だと思います。無関心でいることが当たり前のようになっていたこの国の人たちが、大きな犠牲のもとに、このままではいけない、変わらなくてはいけないと、考え始めたのだと思います。この気持ちをずっと持続していくことが、本当の意味で、震災で亡くなった方や被災された方への祈りや励ましになるのだと思います。

「event02.doc」をダウンロード

 物産展の会場でお待ちしています。ひとりでも多くの方のご理解とご協力をよろしくお願いいたします。

(天野)

 

 

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ウィズ町田のケアホームで働いてみませんか? (パート職員募集)

 社会法人ウィズ町田では、この4月から、町田市木曽町にケアホーム「まいん」を開設しました。2ユニットのケアホーム(各ユニット定員4名)とショートステイ2床を併設しています。

 2ユニットのうち1ユニットは、東日本大震災により被災した障害のある方やご家族にご利用していただければと考え、現在は、入居者・利用者の募集をストップさせていただいております。

 現在は、もう1ユニットに2名の入居者の方にご利用いただいていますが、順次、新しい入居者を迎える予定です。

 現在、「まいん」では、入居者の生活支援(食事の提供などの家事支援と、トイレ、入浴の介助)をしていただける職員を募集しています。

 詳しくは、下記リンクから、ウィズ町田の採用情報をご覧になってください。

 皆様からのお問い合わせとご応募をお待ちしております。

http://nanairo.s1.bindsite.jp/news/ch-3.html

(天野)

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被災地の障害のある人たちの暮らしを伝える河北新報の記事 (カウントダウン情報16 あと4日)

 4月25日の河北新報に、被災地の障害のある人たちの今を伝える記事が掲載されました。

http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110425t13008.htm

 リンク切れに備えて、全文を転載しておきます。

障害者声なきSOS 宮城で家族の死者・不明26人に

 東日本大震災は、日常的な支援が欠かせない障害者から、頼りとする肉親を奪った。自ら「SOS」を発することすらできない障害者の生活を、どう立て直せばいいのか。混乱の中で障害のある人たちの保護に奔走する特別支援学校や福祉施設の苦悩も深い。

◎福祉施設は壊滅的被害 迅速復興へ規制緩和を

 塩釜市など2市1町で障害者支援施設9カ所を運営する社会福祉法人「嶋福祉会」は、施設5カ所が被害を受けた。

 このうち多賀城市の通所自立支援施設「さくらんぼ」(利用者20人)は、砂押川と仙台港の両方から津波が直撃して全壊。幸い人的被害はなく、4月から市の老人福祉センターを借りて就労支援事業だけは再開できた。

 借用期間は9月末まで。それまでに新たな活動拠点を確保しなければならない。通所者の利便性を考えて理事長の石田真さん(45)は「元の場所の近くに施設を構えたい」と話す。

 だが、市域の3分の1は津波の被害に遭っており、100平方メートル近い賃貸物件を見つけるのは難しい。元の場所に自前で施設を建て直せば、費用は1000万円近くかかるとみられる。

 2010年7月に開設した特別養護老人ホームの借入金2億円も残っている。この特養ホームも水没してしまい、再建資金の見通しは全く立たない。震災に伴う公的支援について石田さんは「農林水産業や企業だけでなく、福祉分野にも援助してほしい」と訴える。

 福祉施設は、医務室や食堂などの設置基準が全国一律に定められている。石田さんは「迅速な復興のためには、被災地特区で規制を緩和するべきだ」と強調する。

 障害者の就労支援を続けようにも、震災前から請け負っていた工場など清掃作業の受注先そのものが被災してしまった。辛うじて市施設の清掃と廃品回収だけは続けているが、毎月43万円あった売り上げは、以前の1割にまで減った。

 作業に従事した障害者に支払ってきた月々2万円の賃金は、その半分を出すことさえおぼつかない。

 当座の仕事として浸水住宅のクリーニングを始めたが、5人の職員は法人が運営するグループホームの宿直をこなしながら、日曜日も交代で働いている。

 「津波で怖い思いをして、避難所を転々とした震災直後より、日々良くなっているよ」。こう障害者を励ます職員の負担は、日ごとに増している。

(足立裕子)

◎支援学校よりどころに 2次避難へ ストレス懸念

 石巻市では宮城県石巻支援学校(児童生徒148人)が震災後、障害のある子どもたちや家族のよりどころとなった。

 避難所での生活が難しい子どもも多く、震災当日だけで5家族が避難。その後、一時は在校生の10家族を含む約80人が学校に身を寄せた。自閉症の子どもがいて約1週間、車で避難生活を送った末に学校にたどり着いた家族もいたという。

 学校も避難先に困っている家族を積極的に受け入れる方針を打ち出した。子どもの障害などに合わせて7教室を生活スペースに提供。教職員が2時間おきに巡回した。

 飲食店パートの熊谷宏美さん(34)は、手足が不自由な小学部5年の長男司君(10)と2人暮らし。自宅に大きな被害はなかったが、2010年10月に心臓の手術を受け、司君を背負って長時間、配給や買い物の列に並ぶことができない。震災後3日ほどは水も食料も入手できず、学校に避難したという。

 震災後、司君は何度か高熱を出すなどしたが、ようやく避難生活に慣れたという。熊谷さんは「周りに知っている人がいると安心するようだ。笑顔を見せる回数も増えた」と安堵(あんど)の表情を浮かべる。

 ライフラインの復旧が進み、学校に身を寄せているのは現在、在校生の5家族を含む計26人にまで減った。学生ボランティアの支援や避難家族による自治運営も始まった。

 教職員の仕事は避難者の世話から、5月12日の授業再開に向けた準備に力点が移りつつある。20日には、子どもたちがストレスを感じることなく避難者全員で移動できる2次避難先の提供を市に要望した。

 桜田博校長は「避難者にはさまざまな事情があり、2次避難にも特別な配慮が求められる。自治体とともに、在校生、避難者それぞれが不安を感じずに済む方策を探っていきたい」と話している。

(門田一徳)

◎犠牲 通所の4人に迎え来ず

 心身障害者の作業所などを運営する名取市の社会福祉法人「みのり会」では、サービスを利用する障害者4人の保護者が津波の犠牲になった。

 理事の笠井晃さん(59)は「親なしには生きていけない人ばかり。将来を考えるとつらく、胸が苦しくなる」と表情を曇らせる。

 震災当日、名取市沿岸部の施設では、約40人が廃油回収などの作業に取り組んでいた。地震後、全員が市民体育館に避難し、それぞれ親の迎えを待ったが、4人に迎えは来なかった。職員が手分けして捜した末、いずれも保護者が津波の犠牲になったことが分かった。

 笠井さんは「何も考えられないくらいショックだった。抱き締めてあげることしかできなかった」と語る。

 4人の障害の程度はさまざまで、親を亡くした事実への反応も異なるという。重度の知的障害がある女性(23)は父母、祖父母、弟が津波に流された。そのことを理解できず、時々「お父さんは?」と聞く。

 軽度知的障害者の小林新吾さん(39)は、唯一の肉親だった母親の葬儀で、手を合わせながら泣いた。「ありがとうございました あとはゆっくりねむってください」。手紙をひつぎに入れた。

 みのり会に入所施設はなく、4人を長期間保護するのは難しい。重度の2人は4月中旬、宮城県大和町の障害者支援施設に入所した。小林さんら2人も5月中に岩沼市のグループホームに移る予定だ。

 「できれば、いつの日か呼び戻したい」。笠井さんは今、地元を離れた重度の2人が入居できる介護施設を建設したいと思っている。

 「親を失った上、友達とも離れなければならないのはかわいそう。慣れ親しんだ古里に、安住の地を提供してあげたい」

(神田一道)

2011年04月25日月曜日

 最初の記事にありますが、震災により被災地の障害者施設は甚大な被害を受け、施設の復興のためには、莫大な費用がかかります。がんじがらめに縛るのではなく、人を大事にする、困っている人をたすける法律や制度であってほしいと思います。

 前にも書きましたが、被災地の福祉施設の職員の心労は、すでに限界に達しています。彼ら自身もまた被災者であるにもかかわらず、不安を訴える障害のある人やお年寄りに明るく接し、励まし続けています。家族もまた同様です。

 「みやぎ支援センター」など、民間は震災直後から、いち早く動いています。厚労省をはじめとする国の動きがまったく見えません。一体いつになれば動きだすのか、強い憤りを感じます。

 記事にもある通り、就労支援(授産)事業も、売上や受注が激減し、障害のある人たちに震災前と同じ給料を払うことができなくなっています。そういう状況に対して、少しでもお手伝いになればというのが、4月30日の「大物産展」開催の目的です。

 開催まであと4日。天気に恵まれ、たくさんのお客様においでいただけることを願っています。

「event02.doc」をダウンロード

(天野)

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4月30日は、「ゴール」ではなく、復興支援の「スタートライン」 (カウントダウン情報15 あと4日)

 昨日は、ウィズ町田の第7回震災支援対策会議を開催しました。GW中の5月1日~8日まで、ウィズ町田としては、第5次となる宮城派遣隊を、「みやぎ支援センター」に派遣することを確認しました。「らいむ」からは、前回に続いて、野島職員が自ら、宮城行きを申し出てくれました。被災地での支援は、肉体的にも精神的にもタフさが要求されます。あの細い体のどこにそんなエネルギーを蓄えているのか判りませんが、野島職員のファイトと熱意には頭が下がります。

 被災地での支援も物資やガソリンを届けるという一次的な支援から、被災地で暮らす人たちの声にしっかりと耳を傾け、ひとりひとりのニーズに応じた細やかな支援をおこなうという二次的な支援にスライドしてきています。普段から「らいむ」でも、相手の話をよく聞き、ソフトな対応を心掛けている野島職員ですから、きっと、今回も良い動きをしてきてくれるものと信じています。留守を守る他の職員もしっかり自分の仕事をこなしながら、町田から野島職員に声援を送りたいと思います。

 4月30日の大物産展に向けての準備も着々と進んでいます。「なないろ」からは19名の職員が、当日、前日にボランティアとしての参加を表明してくれました。「らいむ」からも、竹内センター長以下、3名の職員が参加してくれます。(「私も手伝います」という野島職員には、「来ちゃだめ!」と言いました) ありがたいことです。「被災地に行かなくても、できる支援はたくさんある」と、言い続けている理事長(私)の言葉をしっかり受けとめ、応えてくれたことに感謝します。そんな職員の思いにきちんと応えていくことが、理事長の役目であると思います。今年度から、法人本部での仕事を増やし、理事長として各事業所の状況をつぶさに把握し、法人全体の経営や運営に深く関与しようと考えていましたが、震災発生後、なかなかそのような動きもできないまま、今日まで来てしまいました。

 もちろん、これで終わりというわけではなく、東北の作業所の復興支援には常に心を寄せつつも、他の人に任せられることは、(変な言い方ですが)「責任をもって」任せて、ウィズ町田の事業全体を「底上げ」することに専念したいと思います。

 就労支援で良く言うところの、就職は「ゴール」ではなく「スタート」と同様に、4月30日に町田で開催する「大物産展」も、これが「ゴール」ではなく、「スタート」です。この後、同種のとりくみが、全国各地で次々と開催されるようになることが私たちの切なる願いです。

 昨日の会議の中で、私から、今回の震災を機に、全国の障害者施設間で「カウンターパート方式」や「ペアリング支援」の関係を構築し、万一、不測の緊急事態が発生したときには、お互いに助け合えるような仕組みをつくっていこうという提案をしました。この時期だけに、職員たちの胸の内にもすんなりと落ちたようです。しかし、これはウィズ町田だけでなんとかできるということではありませんから、まず、ウィズ町田の中で、しっかりと議論して、これから先、外部に向けて呼びかけていけるようにしていきたいと思います。

 大物産展の開催まであと4日になりました。このイベントを復興支援の新たなスタートにするためには、たくさんの皆様のご協力が必要です。今日もイベントのチラシを最後に添えます。ひとりでもたくさんの方にご来場いただけますよう、チラシをダウンロードして、お知り合いの方に呼びかけてくださることを、お願い申し上げます。

(天野)

 

  

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「大物産展」の会場前広場では、ヘブンアーティストによる楽しいパフォーマンスも観られます (カウントダウン情報14 あと5日)

 東日本大震災による被災障害者施設の復興支援のための「東北大物産展」の開催までいよいよあと5日に迫りました。ここまで来ると、心配なのはまず当日の天候。今のところ、4月30日は「晴れ」になっているので、一安心。当日は、午後から物産展で使用させていただくピロティ前の広場で、ヘブンアーティストによる大道芸のパフォーマンスもあります。

 ヘブンアーティストとは、東京都が実施する審査会に合格したアーティストで、このライセンスを取得すると、公共施設や民間施設などを活動場所として開放してもらえるのだそうです。30日に出演されるのは、ヘブンアーティストの斎藤英祐さん。アクロバットとジャグリングの名手というイケ面のアイーティストです。ご本人のホームページがありますので、詳しくは下記URLをご覧になってください。

 http://www.eisukesaito.com/

 町田まちづくり公社の方のお話では、震災後の自粛ムードの中、各地のイベントも次々と中止になり、ヘブンアイーティストの方々も、公演のキャンセルなどにより、活動の機会が激減してしまっているということです。お客様に観て、喜んでもらってこそのパフォーマンスです。斎藤さんもこの間、たまりにたまったエネルギーを爆発させてくれるはずです。私たちもいっしょに元気をもらいたいと思います。

 今、思いついたのですが、お金やものを被災地に送るだけでなく、被災地の障害者施設や学校などに、ヘブンアーティストの方を派遣して、笑顔や元気を届けるような支援のあり方があってもいいのかなと思います。もし、時間が取れるようなら、まずは斎藤さんにそんな相談を持ちかけてみようと思います。

 先週末に、今回の「大物産展」の出品していただける施設と商品が確定しました。今回は、「らいむ」も加盟しているきょうされんの東京支部が「みやぎ支援センター」に支援に入った関係で、宮城県の障害者施設が中心になりますが、岩手県や福島県など他県の施設も、同じ状況にあります。町田のこのイベントが、全国各地に広がっていくことを期待しています。

 改めて、参加する施設・事業所名と所在地を下記に掲載させていただきます。

1.あすなろホーム(岩手県陸前高田市)、2.コッペ(宮城県仙台市)、3.ポッケの森(同仙台市)、4.すずかけの里(同大崎市)、5.蔵王すずしろ(同蔵王町)、6.びいんず夢楽多(同村田町)、7.登米大地(同登米市)、8.みお七ヶ浜(同七ヶ浜町)、9.はたまき・手づくりの里(同丸森町)、10.蕗のとう共同作業所(同村田町)、11.くりえいと柴田(同柴田町)、12.えいむ亘理(同亘理町)、13.蔵王酒造(同大河原町)、14.わ・は・わ(同仙台市)、15.わ・は・わ広瀬(同仙台市)、16.わ・は・わつなぎっこ(同仙台市)、17.あさがお(福島県南相馬市)

 主催は、特定非営利活動法人・町田作業所連絡会。

 町田市と町田市社会福祉協議会様の後援をいただき、商品輸送では、財団法人ヤマト福祉財団様、会場運営では、町田まちづくり公社様の温かいご協力を得ています。

 こうして、情報発信をしたり、チラシをお配りさせていただいていると、「実は私も東北の●●出身です」という方から、励ましやお礼のメールをいただいたり、お声をかけていただいたりすることがたくさんあります。

 つながりが日ごと、広がっていることを大変、嬉しく思います。最後にまた、チラシ案内を貼らせていただきます。ぜひ、たくさんの方にお声をかけてください。そして、当日はご来場いただき、たくさん商品をご購入ください。

「event02.doc」をダウンロード

 あと4日、カウントダウン情報が途切れないよう、がんばります。

(天野)

 

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「戦国リーグ」を勝ち抜け、ゼルビア。チラシを受け取っていただいた皆様、ありがとうございました (カウントダウン情報13 あと6日)

 FC町田ゼルビアの開幕戦。

 残念ながら、黒星スタートになってしまいました。今日の調子は決して悪くなかったと思うのですが、う~ん…。

 前半18分。ぽっかり空いた中央から相手4番が放ったミドルシュートは、GK吉田選手の指先をあざ笑うかのように掠めて、ゴール。武蔵野に先取点を奪われてしまいました。

 後半7分に、左からゴールライン際まで切れ込んだ柳崎選手(ごめん!、北井選手でした)のパスを受けた、デイミッチ選手がゴールを決め、同点に追いついたゼルビア。サポーターの熱気に後押しされて、その後は、立て続けに、武蔵野ゴールを脅かします。

 武蔵野の選手の足もばったり止まって、ゴールの匂いがぷんぷんと漂いますが、なぜか肝心のゴールが決まらない。

 そうこうするうちに迎えたアディショナルタイム。攻め続けたゼルビアに対して、カウンター狙いの武蔵野のパスがうまくつながり、またしても中央から相手11番のシュートが決まって、武蔵野がリード。

 残り3分間のアディショナルタイム。必死になってゴールをめざすゼルビア。最後に山腰選手の放ったヘディングシュートが相手GKにかきだされた(クロスバーに当たった?)ところで、ジ・エンド。ホームでの開幕戦を落してしまいました。

 暑さもあったけれど、ゲーム自体は、完全にゼルビアのペース。特に後半、決めるべきところを決められていれば、楽に勝つことができたゲームという印象を受けました。あってはならないことだけれど、「今日は勝てる!」という気持ちがゼルビアの選手たちの油断を生んでしまったかもしれません。しかし、そうした心の緩み、一瞬の隙を絶対に見逃さない武蔵野はさすが、天晴れです。

 佐川滋賀も、松本山雅も破れてしまった開幕戦。今日の武蔵野戦は、「南北多摩合戦」というネーミングでしたが、多摩の2チームに限らず、今季のJFLは、何やらとんでもない「戦国リーグ」になりそうな様相です。

 次節(4月30に日)は、アウェーのMIOびわこ戦。ここでまた失敗を繰り返すようだと、因縁の相手を迎える次のホームの琉球戦(5月3日)にも暗雲が立ち込めてきます。昨年の雪辱を晴らすためにも、次節びわこ戦にはきっちり勝って、凱旋を果たしてくれることを願っています。

 アウェーのゲームに行かれるサポーターの方には応援をよろしくお願いします。私たちは、同じ日に、「東北地方大物産展」を町田で開催しながら、ゼルビアの勝利を祈っています。

 本日、4月30日の大物産展開催案内のチラシを野津田で配布させていただきました。快くチラシを受け取っていただいた皆様にこの場を借りて、お礼申し上げます。

 昨日、再開したJリーグでは、ベガルタ仙台が、相馬監督率いる川崎フロンターレに見事な逆転勝利をおさめました。被災地の宮城、東北の人たちにとっては、希望の光になる勝利であったと思います。

 ちょうど、ゼルビアのアウェーゲームの日と重なってしまい、大変申し訳ありませんが、東近江まで応援に行くのが難しい方は、ぜひ、この町田からゼルビアに念を送りながら、大物産展の会場に足をお運びいただき、東北地方の復興のためにお力をお貸しいたけますようお願いいたします。

 JFLのすべての会場で、「ソニー仙台」コールがおこなわれるという情報を、被災地の障害者施設の方にお伝えしたところ、大変、感激されていました。

 今日の野津田での「ソニー仙台」コール。大声で叫ばせていただきました。

 今日、野津田で「スワン町田店」の販売に参加させていただいたメンバーからも皆様への感謝と、「がんばれ、東北!」コールを送らせていただきます。

 

20010424

 本日はありがとうございました。「東北地方大物産展」まであと6日になりました。

がんばろう、ニッポン。がんばるぞ、東北!

そして、「戦国リーグ」を勝ち抜け、ゼルビア!

(天野)

  

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ソニー仙台に、そして被災地で暮らす人たちに、野津田から、町田からエールを送ろう (カウントダウン情報12 あと7日)

 明日は、待ちに待ったJFLの開幕戦。

 FC町田ゼルビアは、ホーム野津田で宿敵、横河武蔵野FCを迎え撃つ。

 「J」をめざすためには、絶対に負けられない相手。越えなければならない壁。昨年は1勝1敗。一昨年は2敗した相手。「J」にあがったとき、「うちのチームは、ゼルビアに勝ち越していた」と言われないためにも、今季はきっちり2勝しなければならない相手。

 天候も回復し、射し込む陽の光に新緑も眩しい野津田には、きっと大勢のサポーターが押し寄せ、ピッチを駆ける選手たちの一挙手一投足に湧き、熱い声援を送るだろう。

 ゼルビアのある週末。サッカーのある週末は、選手にとっても、我々サポーターにとっても何もにも代えがたい喜びだ。

 でも、この喜びを共に分かつことができない仲間がいることを忘れてはならない。

 東日本大震災で被災した宮城県多賀城市に、本拠地を置く「ソニー仙台」と、そのサポーターの人たち。

 あの日が来るまで、ソニー仙台の選手、サポーターたちも、我々と同じように開幕を待ち望み、今季の躍進に向けて、周到な準備をおこなっていた。めざすは、リーグ初制覇。

http://www.kahoku.co.jp/spe/thksports/20110307_01.htm

 震災で、職場や住まいが壊滅的な被害を受け、練習再開の目途もたたない中でも、選手たちは、サッカーを通して、被災地の子供たちを励まし続けている。

http://www.kahoku.co.jp/spe/thksports/20110404_01.htm

 今季前期の参加は取りやめ、後期からの参加をめざしている。

 JFL各チームのサポーターたちがお互いに呼びかけあって、各地で開催される開幕戦で、ソニー仙台の選手・スタッフ・サポーター、そして被災地で暮らす人たちに向けて、「ソニー仙台」コールを送るという。

 もちろん、野津田でも武蔵野、町田の両チームサポーター(「BOYS MUSASHINO ULTRAS」と「CURVA MACHIDA」)が相談して、「ソニー仙台」と「ニッポン」コールを送ることになった。とても素晴らしいことだと思う。

 一緒に、サッカーができる日を、サッカーを楽しむことができる日が、一日も早く来ることを祈って、声を張り上げてきたい。

 

 来週4月30日には、NPO法人町田作業所連絡会で、被災地の障害者施設の復興支援の「東北地方大物産展」を「ぽっぽ町田」で開催します。被災地の障害者施設の復興のためには、まず、作業所の生産活動を復興させ、作業所で働く障害のある人たちに働く喜びと給料を得る喜びを取り戻さなければなりません。そのために、被災地の作業所で作っている自主製品を取り寄せ、販売するイベントです。

 24日のゼルビア開幕戦に出店させていただく「スワン町田店」のブース付近で、「東北地方大物産展」のビラ(下記)を配布させていただきますので、よろしくお願いいたします。

「event02.doc」をダウンロード

Jfl03 

 

がんばれ! ソニー仙台

がんばれ! 東北! 

(天野)

 

 

 

 

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就労支援は子育てのイメージで。ほう・れん・そうを密にして、信頼関係を深める

 4月から、らいむのセンター長に就任させていただきました竹内です。らいむの開設当初から就労支援の仕事をはじめて、8年目になりますが、まだまだ力不足です。皆様のご期待の添えるよう、精一杯がんばってまいりますので、よろしくご支援を賜りますようお願い申し上げます。

 すでにご案内させていただきましたように、3月には、らいむの事務所を移転しました。新しい環境を整えるとともに、職員も新たに3名増員しました。3名とも、企業経験者で、前職で経験してきたことを活かしながら、福祉の世界でがんばっていきたいという思いを持って、2月から勤務していただいています。簡単に紹介をさせていただきます。

 野島俊一職員は、45歳で3名の中では最年長です。相手の気持ちを大切にする方で、いつも優しく登録者の方を受けとめてくださっています。

 島田英次職員は、とても明るい方です。「少しモチベーションが下がっているかな?」という時や気分がモヤモヤしている時などに、気分転換の方法(技)をアドバイスしてくれます。

 見竹一浩職員は、いつも冷静に周囲の状況を把握される方です。話し方も穏やかで、相手の話によく耳を傾け、自信を持たせてくれます。

 3名とも、とても優しく丁寧に、登録者の人たちに接してくれています。新たな職員も含めて、らいむの5名の職員にも、登録者の方と同じように、それぞれ得手・不得手はありますが、お互いの長所を生かし、短所を補いながら、チームワーク良く、皆様の支援をさえせていただきたいと思っておりますので、よろしくお願いします。

 新年度に入ってすぐに、2名の登録者の方の新規就職が決定しました。そのうちのおひとりのSさんは、特別支援学校を卒業後、法人内の「美空」に1年間通所し、念願かなって、渋谷区にある会社(特例子会社)で勤務することになりました。この1年間、「就職したい」という気持ちを強く持ち続け、美空やらいむの職員からのアドバイスもしっかりと受けとめ、真面目にとりくんできた努力が実ったことを、とても嬉しく思います。

 就職は、「ゴール」ではなく、「スタート」です。職場の担当者の方から、「作業の姿勢はとても評価している」が、「どのように指示を出せば、もっとうまく理解できるか」「どの程度まで(要求や課題を本人に)伝えればよいのか?」というご質問をいただきました。

 担当職員から報告を受け、私からは次のようなことを話し、就労支援の仕事をしていく上で、「大切なこと」として、職員間で共有しました。

「障害があるからといって、特別扱いする必要はないこと」

「目先のことだけを考えるのではなく、先々の方向性を意識したかかわりが必要なこと」

「危険なことや重大なミスはその場で注意・指摘していただくが、逆にうまくできたことについても、しっかりと誉めていただくようにすること」「そうすることで、モチベーションが高まり、自信につながること」

「親が子を思い、育てるような気持ちで、障害のある人の就労支援にとりくむことが大切」

 障害のあるなしに関わらず、1を聞いて10を理解することは、なかなかできることではありません。1つ1つ、そのことが「良いこと」なのか「間違っていること」なのか、丁寧に本人と確認しながら、進めていくことが大切です。

 これからも、職員間でしっかり情報交換と情報共有(報告と連絡)をおこない、信頼関係を深め、就労支援の事業にとりくんでいきたいと思います。

(竹内 広美)

 

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つながりを点から線へ、線から面へ。それが復興の力になる (カウントダウン情報11 あと8日)

 NPO法人町田作業所連絡会の会員施設 社会福祉法人つぼみの会の「町田ゆめ工房」「森工房」さんから通信「ゆめ工房だより」が届きました。今回は、「号外発行」ということで、東日本大震災による被災障害者施設の復興支援のために、宮城県仙台市にJDF(日本障害フォーラム)が立ち上げた「みやぎ支援センター」に派遣されたおふたりの職員さんの活動報告が掲載されています。

 「町田ゆめ工房」のホームページにも、20日現在、そのうちのおひとりの方の報告が、全文掲載されています。(多分、もうおひとりの方の報告も続けて、掲載されると思います) テレビや新聞で被災地の惨状を知り、何とか力になれないかと、自ら志願されて、被災地に向かった職員さん。被災地で避難所や被災した事業所を回り、丁寧な聞き取り調査をおこなったからこそ、感じ取ったり、経験することができたことが、素直な文章で綴られています。

 全文は、ぜひ、下記の「町田ゆめ工房」さんのホームページにアクセスして「つれづれ日誌」~ゆめ工房編~」のページでお読みになってください。

(「町田ゆめ工房」のホームページ)

http://www.h7.dion.ne.jp/~yume-k/

 

 おふたりの報告の中で、私が特に印象に残った部分を転載します。

 今回の活動で自分なりに感じたことは沢山あります。その中でも印象に残っているのが『つながり』の大切さです。先ほども同じことを書きましたが、事業所を物資を持って回って、物資で足りない物を聞いても、『私達の所より何処の施設に持っていってあげて』の言葉はとても私の印象に残っています。又、支援者同士のつながり、どんどん入れ替わる支援者を、次の支援者につなげていく引き継ぎの大切さ。JDFから地元の団体へ利用者支援をつなげていくつながり、今回の活動は点と点を線につなげていけるように私達が活動していたんだなと思います。…略…この活動を忘れず自分の力にしていきたいです。(Yさん)

 宮城に行き、実際の被害を目のあたりにしマスコミでは報道されない現実をたくさんみてきました。これが正しいのか悪いのかわかりませんが多くの方に実際に津波の被害をみてもらい何かを感じてもらえたらと思います。そして今回起きた大きな被害を風化させず被災地が今まで通りの街に戻るまで全国民の皆さんで手をつなぎ共に歩いていきましょう!…略…最後に 顔を上げれば空がある。前をみれば道がある。がんばろう東北! 遠く離れていますが見ている空は同じです。東京の地より微力ながら応援しています。(Iさん)

 「町田ゆめ工房・森工房」のおふたりもそうですし、ウィズ町田から派遣した職員もそうですが、「被災地のために何かしたい」と意気込んで、赴いても、被災地の惨状を目の当たりにした途端、言葉を失い、思考停止の状態に陥ってしまいます。しかし、被災された人たちの現実を自分の目で確かめ、お話を聞くことによって、「自分たちは何をするべきか」という目的意識が日を追うごとにはっきりとしてきます。

 そして、町田に帰ってきたときには、「ゆめ工房・森工房」のおふたりともが報告の文章の最後を「ありがとう」で結んでいるように、周囲の人たちへの感謝の気持ちを素直に示すことができるようになります。支援に入った人間が、被災地で出会う被災者の人たちによって逆に育てられているのです。

 4月30日に開催する「東北大物産展」のとりくみも同じです。被災地の障害者施設を応援することによって、町田の作業所間のつながりがより強いものになるのです。

 被災地の障害者施設の人たちも、復興をめざして、すでに動きだしています。「町田のイベントに自分たちの作った製品を出品するんだ」「町田の人たちに『おいしい!』と喜んでもらえる製品をつくるんだ」ということが、目標になり、モチベーションを高めています。きっと、こうしたつながりが点から線へ、線から面になっていくことで、復興の日も近づいてくるのだと信じます。

 今日も、被災地で、4月30日に向けて、製品作りに力を注いでいる仲間たちの写真を添えます。

(「びいんず夢楽多」の作業光景)

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 4月30日の「東北大物産展」へのご来場をお待ちしております。

(天野)

 

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「物流のプロ」の協力も得て、つながりを運ぶ。「がんばろう、ニッポン」「がんばるぞ!東北」の思いをリレーする。(カウントダウン情報10 あと9日)

 4月30日のイベント開催まで、ついに10日を切りました。ここからが本当のカウントダウンです。

 ここに来て、宮城県仙台市内の精神障害者の方の作業所3か所が、本イベントへの参加を表明してくださいました。出品される商品と併せて、ご紹介します。

 トップバッターは、「わ・は・わ」さん。商品は、「乾燥糸こんにゃく」(500円)

 続いて、「わ・は・わ 広瀬」さん。商品は、「リサイクル石鹸さいかち」(1㎏ 300円)

 この2か所は商品を1点に絞り込んでの「参戦」となります。

 最後は、「わ・は・わ つなぎっこ」さん。商品は、「ネックレス」や「カード」などの小物に加えて、「さおりマフラー」(4000円)を5点限定で販売。手間暇かけて織り上げるさおり織のマフラーだけにまさに早いもの勝ちの勝負です。

 これで被災地からの参加作業所は、全部で17か所になりました。

 先日、今回参加を表明してくださった「わ・は・わ」の職員さんから、メールをいただきました。驚いたことに、3年前に、天野が第1号ジョブコーチの養成研修を受けた時の同期生の方でした。お互いに仕事が忙しく、連絡を取ることもなく、この間、過ごしてきましたが、人の縁やつながりの不思議さを感じます。被災地でがんばっている彼や彼が支援している人たちのためにも、また、がんばろうという気持ちが強くなります。

 被災地でとりまとめをしていただいている「はらから福祉会」さんから、現時点での商品リストを送っていただきました。

 総点数で12000点、段ボール、発砲スチロールの箱で240箱くらいの、ものすごい量になっています。売上目標額も400万円を超えています。

 まず、これだけの荷物をどのように輸送するのか、果たしてその輸送コストはどれくらいかかるのかとご心配してくださる方もいらっしゃるかと思います。

 でも、ご安心ください。今回の物流に関しては、「ヤマト福祉財団」さんを通して、「ヤマト運輸」さんの全面的な協力を得られることで話が進んでいます。本当にありがたいことです。もし、仮にこの物流コストを負担するとしたら、段ボール1個600円で計算しても、240個で約15万円の費用がかかってしまいます。

 「ヤマト福祉財団」の早川常務理事に、宮城の武田さんと私からご相談させていただいたところ、「そういう趣旨であれば、ヤマトがお手伝いをさせていただきたい」また、「今回の町田のイベントだけではなく、今後、全国で同様のとりくみがおこなわれる際のお手伝いについても検討していきたい」という力強いお言葉をいただくことができました。

 「物流のプロ」のご協力も得て、東北から、町田まで商品を大切に運んできます。ものをつくる人から、ものを運ぶ人、販売する人、商品を買う人、ものの流れと同じように、「がんばろう、ニッポン」「がんばるぞ!東北」の思いや「つながり」をリレーできれば、それはとても素晴らしいことだと思います。

(天野)

 

 

 

 

 

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今、同じ空の下でがんばっている被災地の障害のある人たちの姿をお届けします。(カウントダウン情報9 あと10日)

 昨日は、毎日新聞社社会部町田記者の方にご訪問をいただき、4月30日の「大物産展」に関する取材を受けました。

 イベント開催の趣旨や、大物産展で販売する商品の内容、被災地の様子など、様々なことに関心をお寄せいただき、細かな質問をたくさん受けました。先日、取材をいただいたタウンニュースの記者の方もそうでしたが、記者の方の情報に関する好奇心や、情報を読み解く力、そして、情報で得たものを再構築して、読者に伝える力の高さには感動を覚えます。

 また、記者さんならではの、目のつけどころには、こちらが今まで発信できていなかった盲点に気づかされます。昨日の記者さ んからは、「ところで、作業を再開した障害者施設は今、どんな様子ですか?」「できれば、写真がほしい」という質問と要望を受けました。

 確かに、その通りです。今回の大物産展に送り込まれてくる商品が、今どのように作られているかを、皆さんにお知らせすることが大切です。「がんばるぞ!東北」のスローガンに込められた思いを、実際に再開後の作業所で、頑張っている障害のある人たちの姿を通して、感じ取っていただければと思います。

 被災地でとりまとめをしていただいている「はらから福祉会」の武田理事長に、メールでお願いをさせていただいたところ、早速、本日の作業風景を写真に撮って、送ってくださいました。今、同じ空の下、被災地でがんばっている障害のある人たちの姿をぜひ、ご覧になってください。

(蔵王すずしろの豆腐づくりの光景)

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 写真で見る限りは、徐々に日常を取り戻しつつあるようにも見えますが、「はらから福祉会」の事業所の中でも、一旦復旧した水道が、4月7日夜の大きな余震で再び、止まってしまい、ようやく昨日、再復旧したばかりの事業所(みお七ヶ浜)もあります。また、昨日は相当に冷え込んだ様子で、今、なお続く余震と合わせて、まだまだ不安な日々が続いています。

 それでも、一生懸命にがんばっている姿をこうして拝見すると、やはり、何が何でも30日のイベントを成功させなければならないという気持ちが更に強くなります。

 30日の「大物産展」に、どうぞ、お越しください。そして、被災地の仲間たちがつくったおいしい商品をたくさんお買い上げください。

(天野)

 

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自分の力で立ち上がろうとする人を後押しするような支援が望まれる(カウントダウン情報8 あと11日)

 4月30日の準備、着々と進んでいます。

 今日は町田市から、後援決定のご連絡をいただきました。岩手県陸前高田市の市長さんが町田市のご出身ということで、「4月30日には、陸前高田の作業所も出店するので、よろしく」という連絡を入れてくださったようです。

 今回の町田のイベントをモデルに「全国各地で同様のイベントを開催していただき、被災地の障害者施設の復興支援に力を貸していただきたい」というのが、主催者の思いです。被災地の支援をおこなうことを通して、開催地の障害者施設同士の連帯感が強まると同時に、行政や市民との絆(パートナーシップ)がより強まれば、それは被災地だけでなく、開催地の障害者施設にとっても何ものにも代えがたい財産を得ることになります。

 折角、後援をいただけたので、当日は開会のセレモニーの時間を設け、町田市長と町田市議会議長にも、ぜひ、ご挨拶をしていただきたいという相談を町田市の障がい福祉課にさせていただきました。明日、改めて、文書を提出してお願いさせていただくつもりですが、町田市の行政や議会もいっしょになって、復興支援のとりくみをおこなうことで、被災地の障害者施設の人たちにとっても、一層心強いものとなるに違いありません。

 こうして情報を発信し続けることの大切さを痛感しています。5月15日には、岐阜県の「いぶき福祉会」さんが、物産展の開催を決定してくださいました。すでに被災地との打ち合わせが始まっているようです。また、すでにご報告したように、4月29日には、大阪府堺市の「ビッグ・アイ」さんのチャリティコンサートで、被災地の障害者施設の製品が販売されます。また、今日は横浜市の神奈川区役所の方からメールをいただきました。神奈川区でも区役所と区内の障害者施設の共催で、被災地の障害者施設の支援をおこないたい。そのために、町田で持っている情報を提供してほしいという依頼でした。

 少しずつ、そして着実に、支援の輪が広がっていることを、とても嬉しく思います。

 今日も先ほどまで、ウィズ町田の震災支援対策会議を開いていました。「みやぎ支援センター」から戻った職員の報告を聞き、「被災地の復興までには、まだまだ本当に長い時間と莫大な資金が必要になること」を改めて、確認しました。

 こちらから一方的に支援の手を差し伸べるだけでは、本当の意味での支援にはなりません。まずは、被災地の人たちの声をしっかり聞き、無理に手を引いて立ち上がらせるのではなく、自分の力で立ち上がろうとする気持ちを後押ししていくような支援のあり方が問われます。

 今日の会議の中でも、そうした支援のあり方を考える中で、新しい提案が出されました。もう少し、具体化したところで、また報告させていただきたいと思います。

 ちょっと舌足らずな内容になってしまいましたが、今日のブログはこれで終わりにします。4月30日、会場で皆さんとお会いできることを楽しみにしています。

(天野)

 

  

 

 

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「ゼルビアのある週末」が始まる!

 昨日は、「みおん」(グループホーム)の宿直明け。1カ月ぶりの整体で、悲鳴をあげた後、娘を誘って、FC町田ゼルビアのTM観戦のため、野津田に行ってきました。

 10日のチャリティマッチの時は、花見客と重なり、駐車場が満杯でしたが、この日は、キックオフの時間を過ぎていましたが、西口駐車場の方にすんなり入ることができました。

 TMの相手は、「S.C.相模原」(関東社会人リーグ2部)さん。カテゴリーは違いますが、隣町の気になるチームということで、開放されたバックスタンドには、両チーム合わせて、1000人くらいの熱心なサポーターが観戦に訪れていました。(7割町田、3割相模原といった比率かな?)

 席に着いた時には、もうゲームは前半の半ば。公式ホームページで確認したら、すでに2対1のスコアだったようです。ユニを着ていないことをいいことに、前半は、町田が攻めるゴールに近い相模原サポの席に交じって観戦。

 すぐに10番が倒されて、PK獲得。これを7番がきっちり決めます。町田は、ダイレクトパスがつながり、なかなか良い流れ。「これは大量得点が狙えそう」と思っていたら、相模原が右からの見事なFKで得点。去年も結構、セットプレーからの失点が多かったような気がしますが、これは修正が必要な課題です。

 しかし、失点後すぐに逆襲。5番のヘッドを17番がつないで、中央に走りこんだ10番がワンタッチでさばいたボールに右から走りこんだ7番がダイレクトボレーでゴール。惚れ惚れとする美しいゴールに、相模原サポからも思わず、拍手と歓声があがりました。

 後半は、町田サポの席に移動して観戦。後半もゴール連発を期待していたのですが、暑さもあって、走りつかれたのか、少しだれた展開。ポゼッションは8割方町田が奪い、シュートシーンが再三、訪れましたが、精度に欠け、得点を奪えません。

 残り15分くらいから投入された19番が、小気味よく動きまわり、ファールでしか止められなくなった相手に倒され、PKをゲット。「そのまま19番が蹴るのかな?」と思いましたが、ベンチの指示ということで、7番が蹴り、ゴールを決めて、ハットトリックを達成。TMとは言え、ハットトリックを生で観られたことに感激。また、相手をリスペクトする意味でも、7番が蹴ったことは良かったと思います。

 JFL開幕を、翌週に控え、セットプレー対策などの課題はいくつかあるものの、仕上がり具合はまずまずのようです。3月のTMで観たときには、連携に不安を感じた10番が、うまくチームに溶け込み、機能してきたことも楽しみのひとつです。チームの戦術も昨年までと変わってきているように思いますが、この時期ですからあまり詳しくは書きません(笑)。

 それにしても、7番の動きは、観ていて、ワクワクしてきます。ハイボールを競り合う時の滞空時間の長いジャンプ。敵を背にパスを受けるときの軽やかな身のこなし。縦への突破の際に時折見せる足裏を使った繊細なボールコントロール。プレイヤーとしての資質はもちろんのこと、ゲーム後の徹底したファンサービスにも魅力を感じます。尊敬するプレイヤーが我らが11番というのも、「11番大好き」の自分にとっては嬉しい限りです。

 いよいよ来週24日は、今季JFのL開幕戦。いきなりの南北多摩合戦。公式ホームページの宣伝にも力が入っていて、否が応にも期待が膨らみます。何が何でも、宿敵、武蔵野を打ち負かして、開幕ダッシュに弾みをつけたいものです。

 待ちに待った「ゼルビアのある週末」が始まります。

(天野)

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地震、津波、原発事故、風評被害、障害者差別。五重の苦しみから立ち上がれ、福島の障害者施設。(カウントダウン情報7 あと12日)

 きょうされんの就労支援部会でご一緒させていただいている西澤さん(ほのぼの屋・京都府舞鶴市)から、福島県の作業所の窮状と支援を訴えるメールをいただきました。(西澤さんは、きょうされん京都支部から、福島県の支援センター立ち上げの準備に入り、つい先日まで、福島で支援活動に当たられていました。)

 福島県南相馬市にあるNPO法人「あさがお」は、精神障害のある人と知的障害のある人が働く就労支援(授産)施設やグループホームを運営する団体です。

 南相馬市は、3月11日に発生した地震と津波により甚大な被害を受けたばかりでなく、その後、起きた福島第1原発の事故によって、更に深刻な事態に追い込まれました。

 南相馬市の地域は、原発から20キロ圏内、30キロ圏内、30キロ圏外に三分されています。「あさがお」の運営する施設はすべて原発から25キロ圏内にあり、屋内退避が支持されていました。

 余震や暖房不足、原発事故への不安から、症状が不安定になる人がいたため、「(市が準備する公的な)バスなどで退避させられないか?」と法人理事長が市に掛け合いましたが、「一般の人と一緒にバスに乗せるのは無理だ」と断られてしまいました。

 原発事故以降は、食料やガソリンに加え、障害の症状を抑える薬の入手も難しくなり、不安から幻聴を訴えたり、うつ状態の悪化する人もいたため、仕方なく6台の車に26名の利用者・職員が分乗して、南相馬市を発ちました。

 最初に向かった伊達市では、同じ福島県内でもあるにもかかわらず、南相馬市からの避難者と分かると、「庁内に入るな」と門前払いをくらい、ようやくたどり着いた隣県では、避難所には入れてもらえたものも、障害者ということで、最初は「(あてがわれた)部屋から一歩も出るな」と言われたそうです。

 地震と津波による被害、原発事故、風評による放射能汚染差別、そして、無理解からくる障害者差別と、四重、五重の苦しみと悲しみを味わっています。

 現在は、避難所から南相馬市に戻り、作業所・施設の再開に向け、努力を重ねられていますが、避難時には、バスにも乗せてもらえなかったのに、今度は、行政から再開を認めてもらえない状況になっています。そのような中、職員たちが毎日一軒一軒利用者の自宅を回り、救援物資を届けているとのことです。

 「あさがお」の就労支援(授産)事業では、豆や米などを無農薬で作り、販売し、収入を得てきました。しかし、原発事故で畑が放射能に汚染されてしまって、これから先、何年も使えなくなってしまうのではないかという心配があります。それでも、地域とのつながりがあってこそ、運営できる精神や知的障害の人たちの施設であることを考えると、南相馬の地を離れることはできません。

 施設の復興のためには、これから長い時間をかけての粘り強いとりくみと資金が必要です。「あさがお」の人たちも、ただ黙って誰かが手を差し伸べてくれるのを待つのではなく、自分たちの今できることから精一杯とりくみ、復興をめざしていきたいという強い意思を持たれています。

 「あさがお」の施設には、利用者が丹精込めて無農薬で育てた大豆を、無添加で一年間熟成した、こだわりの味噌の在庫が2.2トンあります。

 通常は、地域の学校等に給食用として販売していたものですが、ご承知の通り、南相馬市では、学校も再開されてません。

 きょうされんの財政事業委員会では、加盟施設に呼び掛け、今週中に、この味噌をすべて売り切る計画を提案しました。

 「あさがお」の状況を知り、「これは絶対に黙って見てはいられない」と思いました。4月30日の「大物産展」に、「あさがお」の「こだわり味噌」が販売できるよう、早速、動いてみようと思います。

 1日でも早く、施設が復興し、皆さんの笑顔が戻ることを願い、インターネットのサイトにあった「あさがお」の皆さんの写真とメッセージを貼り付けておきます。

Asagao3

~NPO法人あさがおからのメッセージ~
私たちは障害があるからこそ体にいいものをという信念のもと、有機肥料で農薬を使用しない栽培にこだわり、ゆっくりと丁寧に、青ばた豆から大切に育てています。
従来おからとして廃棄されていた栄養部分もまるごと入っているのも特徴です。

(天野)

  

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4月30日の「大物産展」には魅力的な商品が山積み! ご来場をお待ちしております (カウントダウン情報6 あと13日)

 4月30日の復興支援イベント「大物産展」の広報用チラシを、町田作業所連絡会の会員施設「明和荘タイムス」の職員さんが作ってくれました。

「event02.doc」をダウンロード

 会場となる「ぽっぽ町田」の地図の両脇にある球体は、漁業用フロートをモチーフにしたロゴマークです。「ちょっと、ここが違う」「もう少し、こうしてほしい」という私からのうるさい注文に応えて、仕事の後、自宅にまで持ち帰って、デザインを考えてくれた職員さんに感謝です。本当は、カラーで印刷したいところですが、経費削減のため、モノクロ印刷になります。その分、浮いた経費は、支援金に回します。

 笹かまぼこや牛タンといった宮城県の名産品については、まだ商品リストを作成中ですが、被災地の障害者施設で製造している商品については、現地から第1次のリストが届いています。

 障害者施設の製品ということで、手づくりの雑貨等を想像される方もたくさんいらっしゃるかと思いますが、今回はちがいます。

 12か所の障害者施設から届く商品は、すべて食品です。障害者施設の製品だからといって侮ってもらっては困ります! 一般の市場でも流通している各施設自慢の商品が届きます。お買い上げいただいた皆さんには、きっと「おいしい!」と喜んでいただける商品であると自負しています。

 今日は、いくつかの商品をご紹介させていただきます。

 

トップバッターは、

宮城県蔵王町にある「蔵王すずしろ」さんの

■「はらから・もめん豆腐」(400g 210円)です。

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 原料に宮城県産大豆100%と塩田にがりを使用し、蔵王の名水で仕上げた手づくり手作り豆腐です。 大豆の味と香りが楽しめる、昔ながらの豆腐です。

 ●賞費期間 /製造日より4日間
 ●保存方法/要冷蔵

 

 実は、被災地の方でとりまとめをしていただいている「はらから福祉会」の武田さんから、「町田の作業所でも製造・販売している製品については、今回の物産展への出品は控えた方が良いだろうか?」というご相談(ご配慮)を事前にいただきました。

 私の方からは、逆にそういう商品を出してほしいとお願いさせていただきました。チャリティ企画であるということ以上に、競合する商品を出していただくことで、町田の作業所も、「宮城(岩手)の作業所ではこんな製品を作っている」「消費者に購入していただくためにこんな工夫をしている」と、刺激を受けたり、学ばせていただくことができると考えたからです。最終的に「こっちの方がおいしい」と決めるのは消費者の方です。勝ち負けではありませんが、一般市場で戦っていくために、高品質な商品づくり、ネーミングやパッケージの工夫、売り方など、町田の作業所が学ぶ機会をいただけたことをむしろ大変、ありがたく思っています。

 残念なことに、原材料の大豆を保管していた倉庫が津波の被害に遭われたというお話をうかがっています。もしかすると、来年は、同じ味の豆腐が食べられなくなってしまうという心配もあります。だからこそ、この機会にぜひ、お求めください。

 豆腐では、「蔵王すずしろ」のもめん豆腐のほかに、宮城県七ヶ浜町の「みお七ヶ浜」さんの絹ごし豆腐(白)、絹ごし豆腐(青)、豆乳花、んっMYTOFU(210円~350円)が出品される予定です。

 各豆腐ともに数に限りがありますので、ご購入はお早めに!

 

 続いては、

 宮城県亘理町にある「えいむ亘理」さんの

■おとうふ屋さんの豆乳大福《ずんだあん》(1箱6個入650円)です。

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 水の代わりに、蔵王すずしろの豆乳を全てに使用した贅沢な一品。 青ばたのおからを皮に練り込みました。

 ●消費期間/製造日より 120日間、解凍後3日間
 ●保存方法/要冷凍

 私は辛党なので、武田さんには、「絶対に宮城のうまい日本酒を!」とリクエストしたのですが、昨日のブログで紹介した野島職員をはじめ、「らいむ」の新人職員は、3人のうち、2人が下戸です。甘党の人には、きっと、こんな商品が堪らないんだろうな!と、思い、チョイスしてみました。限定100個の販売ですが、昨日、宮城から帰ってきた野島職員と奥様のために、私が真っ先に1箱買いますから、残りは99個。早いもの勝ちですよ。

 三番手は、

 宮城県村田町の「びいんず夢楽多」さんの

■お揚げの蒲焼丼[タレ付](2人前入 280円)です。

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 大揚げを蒲焼のタレに漬け焼き上げました。温かいご飯の上にのせて召し上がって下さい。

 ●賞味期間/製造日より39日間
 ●保存方法/要冷蔵

 これは、素朴に食べてみたい商品。日本酒を飲んだ後の仕上げに、細めに切って、三つ葉とわさびを添えて、だし汁をかけてお茶漬け風にして食べるとおいしいかも?と、想像してみたしたが、さて、いかがでしょうか?

 こちらは限定200点です。

 今日のラストは、

 宮城県丸森町にある「はたまき手づくりの里」さんのかりんとうの中から、これをチョイスしてみました。

■おからかりんとう[竹炭ごま] (1袋 350円)です。

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 昔から竹炭は生活補助機能目的(調湿、脱臭、水質・空気浄化、 土壌改良など)として、利用されることが多い品です。使用している竹炭は、宮城県丸森町で生産されたもので、食感を良くするためにミクロン(1000分の1mm)単位で超微粉化したものを
生地に練りこみました。 黒ごま入りで、さっぱりとした美味しさ抜群です。

 ●消費期間 /製造日より 90日間
 ●保存方法/常温

 西洋人の人は、真っ黒な食品には抵抗感があるのか、日本人が海苔を食べるのを見ると不思議に思うそうです。これは、竹炭に黒ゴマという極めつけの「真っ黒食品」で、冒険心をくすぐります。

 「そこまで冒険したくはない!」という人も大丈夫です。竹炭の他に、エゴマ、ごぼう、エビ、青のり、こんにゃく、柚、桑の葉と、カラフルな面々(全8種)も揃っています。

 各種類ともに、限定100袋の販売です。どれが一番最初に売り切れるかちょっと楽しみです。

 他にもまだまだ、おいしそうな商品がたくさんありますが、それらの紹介は、また次の機会に。

 開催まで2週間を切りました。ぜひ、皆様お誘い合わせの上、ご来場賜りますよう、お願い申し上げます。

(天野)

 

 

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「みやぎ支援センター」に派遣していた3名の職員が無事、帰町。「スワンの日」のミニ物産展も盛況に終わる(カウントダウン情報5 あと14日)

 昨日(15日)の夕方、ウィズ町田から「みやぎ支援センター」に派遣していた3名の職員が8日間の日程を終えて、無事、町田に戻ってきました。

 天野は、午後から夜まで外出しており、3人にはまだ会えていませんが、被災地で鍛えられ、ワイルドな顔つきになって戻ってきたようです。

 今回の派遣隊には、「らいむ」から、野島職員が参加しました。野島職員は、今年の2月に採用したばかりの新人職員です。「新人」とは言え、年齢の方は40代後半。20年間勤めた銀行を退職し、福祉の世界に飛び込んできた人です。他の福祉施設、医療機関を経て、就労支援を志し、「らいむ」の職員になりました。

 3月に野島職員と同時に採用した見竹職員、島田職員を帯同して、天野が宮城、岩手を訪問した際には、妻帯者ということで、敢えて、野島職員をはずしたのですが、訪問から戻った際に、野島職員から、「悔しかった。次は自分も行きたい」と直訴を受けました。

 今回、奥様の了解もいただき、被災地に送り出した野島職員からは、毎日、現地での行動を知らせる報告を受けました。まったく飾り気のない短信ですが、それだけに、被災地の大変さと、支援活動の困難さが伝わるものでした。

 以下、野島職員から受けた報告を、時系列でいくつか紹介してみようと思います。

(野島職員からのメール報告)

 16:40から「はらから」の若いスタッフさんに、名取市周辺の被災状況と避難所を案内いただく。我々5名参加。名取市はセンターからほど近い。スタッフ氏が淡々と、「ここ住宅街でした」などとおっしゃるので、むごい光景に落涙。避難所は名取市文化会館を訪問。段ボールで細かく仕切ったスペースに各家族が生活されている。近代的な(天井が異様に高く感じる)建物に違和感あり。(4月8日 20:12)

 18:30から打ち合わせ。5グループに分かれ、施設事業所、利用者さん、在宅の障害のある方の聞き取り調査をおこなっている。各グループから報告があった。事業所の聞き取り調査は一段落か。打ち合わせ後、我々5名のオリエンテーション。我々の現在の主な目的は、上記の聞き取り調査。被災直後のニーズを聞き取り、支援できることを支援し、最終的には地域サービスにつなぐことが目的。明朝チーム編成が告げられ、一日調査に入るとのこと。(4月8日 20:12)

 私が回った地域は、被害は少なかったです。小川さんは石巻。被害甚大。専修大に自衛隊、ボランティアの本拠地が。小川さん隊は許可書をとり(先発隊の成果とのこと)、許可書で、救援物資を受け取り、被災者に届けることができる。吉成さん隊の、北部は被害小。本日で、半数近く12名が帰られるとのこと。町田の事業所 プラスアルファ、森工房の5名の方は、大活躍だったそうです。(4月9日 21:04)

 事務局から電話依頼があった多賀城の避難所は、自衛隊車が支援物資を搬入中。本日、被災された方を受け入れ始めたため、ニーズ調査はこれから。終えてセンターに帰る。200キロ走行。(4月10日 18:14)

 本日、野島が印象に残ったのは、加美の「カムカム2」というデイ ショートステイ事業所。施設長のSさんは、支援要請ではなく、逆に知的なお子さんを預かる支援表明されている。明るく爽やかな方でした。腕章に「たゆまぬみやぎ」と。(4月10日 18:26)

 石巻におります。市役所は経済的救援かなにかの受付に来られた人でごった返していた。障害担当の方、社協さん、被害状況の把握はできていない。市内のあちこちで停電しており、水道も停まっている地域がある。福祉避難所をこれから訪ねる。(4月11日 14:11)

 石巻の行政3件、避難所4件訪問。身体(高齢者さん)が3人避難。家族と一緒におられ、面談はしていないが、特に要望はないとの責任者のお話。精神、知的の方々は、どうなっていらっしゃるのかが気になるとおっしゃる支援員も。避難所を巡回している保健師さんに電話で伺うなど必要か。(4月11日 16:43)

 石巻は、海沿いが甚大な被害。自衛隊がいまも捜索活動中。ヘドロ、魚の臭い漂う。1件の避難所は、そんな臭いの中にあった。今日やっと水道が通ったとのこと。地元を離れたくないという皆さんの思いが、なんとも…(4月11日 17:03)

 本日(12日)小川さん、吉成さんは仙台南部を回り、離島の情報収集などを。野島は山元町に。被害が大きいとの情報。しかし、自治体の足腰がしっかりしており、JDFの活動に釘を刺す言葉あり。山元町役場では、地元FMに出る。次に名取市に行き、避難所で視覚障害者の方から要望を受ける。事務局に報告。16:30にセンターに帰る。夜のミーティングにNHK記者参加。明日は、2班が1泊で気仙沼に(AP通信同行予定、野島も行きます)。(4月13日 0:20)

 小川さん、吉成さんは離島4島を回り、避難所などを足で回ったとのこと。気仙沼は、被害は大きかったが、障害の方に対するキーパーソンに出会う。南三陸は、想像以上に被害が大きく、震災後1カ月経ったとは思えない。町役場が損壊し、仮設建物で運営。職員の一部が県外の人。JDFがどう入るのかの検討が必要。(4月13日 19:53)

 気仙沼市障害者生活支援センターのO氏に会い、ニーズの聞き取り。社協とJDFのパイプ役になってくださるとのこと。帰路、南三陸を抜ける。中心街は電柱無く、道路さえやっと仮設。他班によると「まず住民の生命を守ることが先決」な状態。以上。(4月14日 15:35)

 野島職員の報告から、今なお、辛苦きわまりない被災地の現状と「みやぎ支援センター」の支援活動の様子をはかり知ることができます。

 来週、野島職員が出勤してきたところで、直接、現地の状況を聞き、被災地のニーズに応える支援のあり方を、改めて、考えていきたいと思っています。

 昨日、「スワンカフェ&ベーカリー町田店」で開催した「スワンの日」イベントには、大勢のお客様にご来店いただき、ありがとうございました。

 4月30日に開催する「大物産展」のプレイベント的に開催した「ミニ物産展」では、被災地の作業所で製造している、かりんとうやレトルト食品、漬物などの商品を完売することができました。

 また、レジで1会計につき、100円をキャッシュバックし、被災地への募金を呼びかけさせていただいたところ、すべてのお客様から募金を頂戴することができました。

 この日のパンの売上 78,216円と、お寄せいただいた募金 19,467円は、被災地の障害者施設復興のための支援金として、被災地に送らせていただきます。

 被災地の障害者施設の製品をお買い上げいただいた方からは、「おいしい!」の声が多数寄せられています。4月30日の「大物産展」では、さらにたくさんの魅力的な商品を販売いたしますので、どうぞ、ご期待ください。

(天野)

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広がりを嬉しく思う。「魚の釣り方」を教えてもらっているのは、むしろ私たちではないか? (カウントダウン情報4 あと15日)

 昨日、大阪府堺市の方からお電話をいただきました。

 4月29日(祝)に大阪府堺市にある「国際障害者交流センター」(愛称:ビッグ・アイ)で開催される「東日本大震災チャリティライブ PLAY for PRAY 言葉と音楽で紡ぐ希望への祈り」のイベントで、被災地の障害者施設の自主製品を販売し、復興支援のお手伝いをさせていただきたいという内容でした。

 早速、被災地でとりまとめをしてくださっている「はらから福祉会」の武田さんにおつなぎさせていただいたところ、自主製品を買い取りで販売してくださるという「商談」がまとまりました。

 堺市のイベントに加えて、岐阜県にある「いぶき福祉会」さんからも、「町田に続いて、岐阜でも大物産展を開催したい」という連絡が入ったということで、武田さんからは、「支援の輪の広がりを感じる」というメールをいただきました。

 お電話をくださった堺市のKさんからも、商談がまとまったことと、「今回は、ライブイベントでの販売だが、今後、大阪でも『大物産展』が開催できるよう、働きかけていく」という嬉しいメールをいただきました。

 まだ、準備中なのか、チャリティライブの開催案内を見つけることはできませんでしたが、「ビッグ・アイ」のホームページのURLを下に記しておきます。東京からの発信で、大阪在住の方に、どれくらい、このブログを見ていただけるかわかりませんが、堺市近辺にお住まいの方は、4月29日のチャリティライブにぜひ、お出かけください。

 http://www.big-i.jp/

 今回の町田のイベントをとっかかりにして、全国各地で同様のイベントが開催されることを願っています。

 被災地の作業所が、いや、作業所だけでなく被災地の人たちが元気になるためには、被災地で生産された「もの」がたくさん売れて、被災地の産業や経済、雇用が活性化していくことが大切です。

 「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教える」という格言があります。「おなかが空いて困っている人に、魚をあげれば、喜んでもらえるが、その魚を食べてしまえば、それで終わってしまう。そうではなくて、魚の釣り方を教えてあげれば、それで一生食べていける」というような意味です。

 飢えているのは、被災地の人だけではありません。確かに被災地の人たちは、震災直後から食べ物や飲み物にも不自由する生活を余儀なくされました。しかし、食べ物や飲み物ではなく、人と人の温かいつながりや、生きることへの喜びに飢えている人が、今の日本にはたくさんいるような気がします。

 その意味では、「大物産展」のイベント開催を通して、「魚の釣り方」を教えてもらっているのは、被災地で暮らす人たちではなく、むしろ、私たちの側ではないかという気がしてきて仕方がありません。

 「がんばろう、東北」ではなく、被災地の「がんばるぞ!東北」に応えるかたちで、「がんばるぞ!ニッポン」と、つながりをもっともっと強くする気持ちで、いっしょになってがんばっていきたいと思います。

 町田でのとりくみを、できる限り、きちんとしたマニュアルにして、全国に発信していきたいと思っています。「うちでも、やりたい!」と、お考えの方は、お気軽にメールをください。本当に微力ですが、お手伝いできるところは、喜んでさせていただきたいと思っています。

(天野)

 

  

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被災地の元気は、”町田の元気”から (カウントダウン情報3 あと16日)

 4月30日の「大物産展」イベントについて、本日、発行の「タウンニュース」で大きく取り上げていただきました。

 http://www.townnews.co.jp/0304/2011/04/14/101739.html

  

 また、紙面の「市民の生活のために 被災地の元気は”町田の元気”から」の記事では、明日15日の「スワンの日」のイベントも紹介されています。

 「被災地の元気は、町田の元気から」という表現はすごくいいですね。

 なんでもかんでも、自粛、自粛で小さくなってばかりいては、元気も出ません。

 歌手の松山千春氏が、震災後、ラジオの番組でこう呼びかけたそうです。

 知恵がある奴は、知恵を出そう

 力がある奴は、力を出そう

 金がある奴は、金を出そう

 「自分は何も出せないよ…」という奴は元気を出せ!

 いかにも、千春らしい愛情が込められた言葉だと思います。(千春好きです。カラオケでよく歌います。ものまね、結構、似ています!?)

 震災直後から、被災地には、全国各地からたくさんの救援物資が届けられました。物資の集積所には、配りきれない物資が山積みになっています。

 職員を派遣している「みやぎ支援センター」でも、今は東京から救援物資を運ぶことはやめて、被災された人から必要な物資を聞き取った上で、現地の集積所に指示された物資を受け取りに行き、それをお届けするという活動をおこなっています。

 これから先の、復興支援は、被災地に「もの」を送るのではなく、被災地で生産された「もの」を買い、消費することが大切だと思います。

 だから、ぜひ、たくさん、お金を出してください。そして、おいしい東北の食べ物を食べて、元気を出しましょう。 

 「タウンニュース」は、毎週木曜日に、新聞に折り込まれるタウン紙です。

 今回は、わざわざ取材にお越しいただいた上、開催趣旨をしっかりとご理解いただき、迅速かつ丁寧な記事にまとめてくださったことに感謝申し上げます。

 記者さんにお話しすることを忘れていましたが、ほとんど毎号、FC町田ゼルビアの記事が載っているので、毎号楽しく読ませていただいています。

 4月24日の、JFL開幕の記事も掲載されていますので、こちらもご覧になってください。

 http://www.townnews.co.jp/0304/2011/04/14/101835.html

 開幕日には、「スワン町田店」もケータリングに出店します。30日のイベントのチラシをまかせていただき、ゼルビアのサポーターの皆さんにもご協力を呼びかけさせていただきたいと思っていますので、よろしくお願いします。

(天野) 

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「東北大物産展IN町田」のプレイベント!? 4月15日の「スワンの日」に被災地の障害者施設の自主製品を販売します。(カウントダウン情報2 あと17日)

 明後日(4月15日)、スワンカフェ&ベーカリー町田店で開催する「スワンの日」のイベントで、東日本大震災により被災した宮城県の障害者施設の自主製品を販売します。

 この日のスワン町田店では、被災地の障害者施設を応援するために、イベントの売上(原材料費分も含む)の全額を支援募金として寄付することにしました。

 また、普段の「スワンの日」には、630円以上お買い上げいただいたお客様に、マグカップなどスワン特製グッズをプレゼントさせていただいておりますが、この日は、特典の代わりに、一会計ごとにすべてのお客様に100円をキャッシュバックさせていただくことにしました。店内・店頭に募金箱を設置いたしますので、もし、よろしければ、キャッシュバック分の募金へのご協力をよろしくお願い申し上げます。

 「スワンの日」に販売させていただく、被災地の障害者施設の商品は次の通りです。

味ラー油(桜こあみ、ずんだ、のりの3種・各350円)

ゆば雑炊(レトルト・280円)

おからこんにゃくハンバーグ(レトルト・180円)

ミートソース(レトルト・210円)

ポタージュ(レトルト・180円)

油麩丼(レトルト・350円)

カリカリ豆(210円)

かりんとう(竹炭、エゴマ、ごぼう、えび、青のりの5種・各350円)

蔵王湧水(ミネラルウォーター ・500cc/150円、2ℓ/300円)

蔵王の漬物(しそきゅうり、きざみ三昧の2種・各350円)

 いずれの商品も、数に限りがありますので、お急ぎご購入ください。

 「スワンの日」のイベントチラシは、下記をダウンロードしてご覧になってください。(ドリンク無料券をぜひご利用ください)

 「swan0415.doc」をダウンロード

 

 スワンカフェ&ベーカリー町田店のホームページは下記になります。

 http://homepage3.nifty.com/swan-macida/

 

 「がんばろう、ニッポン☆がんばるぞ!東北」のイベント開催(4月30日まで)あと17日。

 皆様のご理解とご来場をお待ちしております。

(天野)

 

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被災地の障害者施設の復興支援イベント「東北大物産展IN町田」においでください(カウントダウン情報1 あと18日)

 4月30日に、NPO法人町田作業所連絡会の主催で開催する「がんばろう、ニッポン☆がんばるぞ!東北 ~東日本大震災による被災障害者施設の復興支援キャンペーン~ 東北大物産展IN町田」まで、後18日。

 これから、毎日、「カウントダウン情報」を出していきたいと思います。

 第1回目の今日は、4月12日現在、大物産展へ出品希望をお寄せくださっている被災地の障害者施設(作業所)は12か所。今日は、その12か所の作業所の名称と所在地をご紹介させていただきます。

 「あすなろホーム」(岩手県陸前高田市)

 「コッペ」(宮城県仙台市)

 「ポッケの森」(宮城県仙台市)

 「すずかけの里」(宮城県大崎市)

 「蔵王すずしろ」(宮城県蔵王町)

 「びいんず夢楽多(むらた)」(宮城県村田町)

 「登米(とめ)大地」(宮城県登米市)

 「みお七ヶ浜」(宮城県七ヶ浜町)

 「はたまき・手づくりの里」(宮城県丸森町)

 「蕗のとう共同作業所」(宮城県村田町)

 「くりえいと柴田」(宮城県柴田町)

 「えいむ亘理(わたり)」(宮城県亘理町)

 

 明日以降は、各施設の紹介と、とっておきの商品を紹介していきたいと思います。

 「hukkousien0430.doc」をダウンロード

 よろしければば、上記の案内をプリントアウトしていただき、ぜひ、たくさんの方に本イベントの開催をお伝えください。

 どうぞ、よろしくお願いします。

(天野)

 

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「生まれ育った地を離れたくない」という願いに応えるためには、「コミュニティーの再生」を核とする復興支援計画が必要

 昨夕、今朝とまた大きな余震がありました。被災地の避難所等で生活されている方にとっては、震災後1カ月経っても、まだまだ不安で、そして不自由な日々が続いています。

 昨夕、ウィズ町田では、法人内の第5回震災対策支援会議を開催しました。法人内の事業所は落ち着きを取り戻し、通常の活動をおこなっています。店舗型の事業所では、ご来店いただくお客様に義援金の募金を呼びかけ、たくさんの方からご協力をいただいています。また、各事業所の利用者やご家族からも募金や救援物資の提供をしていただいています。本来であれば、おひとりおひとりにきちんとお礼を申し上げなければならないのですが、まずはこの場を借りてお礼申し上げます。

 8日から「みやぎ支援センター」の入り、調査・支援活動を続けている3名の職員も、今日から派遣日程(15日まで)の後半戦に突入しました。「らいむ」から派遣している野島職員からは、毎日、現地の様子を伝える報告メールが入っています。

 11日は、石巻市に調査・支援活動に入ったとのこと。海沿いの被害は甚大で、今も自衛隊が捜索活動を続けています。ヘドロと水産倉庫から流出した魚の腐った臭いに包まれたある避難所では、この日、やっと水道が開通しました。そんな悲惨な状況にあっても、「生まれ育った石巻の地を離れたくない」という方がたくさんいらっしゃることに、何とも言えない思いを感じたとのことです。

 体力的にも精神的にも相当に疲れてきていると思いますが、支援に入っている私たちの側が被災地の方から教えていただくことがたくさんなります。安全に気を配りながら、そして、被災地の人たちに感謝の気持ちを持ちながら、残り半分となった支援活動にとりくんでいただきたいと思います。

 3月29日から、4月7日まで、センター開設の任務を負って、宮城に入っていた小野副理事長から、今後の支援活動及びセンターの課題について、私見という断りの上で、報告を受けました。

 1つは、未だに全容がつかめていない障害者本人の被災状況を解明し、ひとりひとりのニーズに応じた支援を実施することです。

 避難所の統廃合が進む中で、いったいどの避難所に、どんな障害のある方が、どれだけいらっしゃるのかということがますます掴めなくなってきています。また、避難所以外で生活されている方の様子も掴みきれていません。「行き過ぎた(融通の利かない)」個人情報保護により、行政から障害のある方の名簿を提供していただけないことも「大きな壁」になっています。

 2つは、福祉避難所となっている被災地の障害者施設のスタッフの疲弊に対するケアを早急におこなうことです。

 厚生労働省では、震災直後の3月15日に各都道府県等に通知を出し、被災地の社会福祉施設等への介護職員等の派遣を要請しています。この通知を受けた全国の社会福祉施設からは、約3500人の職員が派遣要請に応えたいと回答しています。しかし、その名簿はまったく宙に浮いたままになっているという話を聞きます。厚労省としては、現地から要請を受けた後、マッチングをおこない、派遣する方針ということですが、混乱しきっている現地には、そんな悠長なことを言っている余裕はありません。震災によるデータの損失、中には役場そのものが流失してしまった自治体もある中で、被災地の自治体に調査やとりまとめを依頼すること自体にも無理があります。厚労省の強力なリーダーシップを強く求めていく必要があります。

 3つは、中長期の復興計画を早急に策定し、確実に実行していくことです。

 野島職員の報告にもありましたが、今回の震災で想像を絶する被害を受け、どんなに不自由な生活が続いていても、やはり、生まれ育った地で、この先も暮らしていきたいという願いが、被災地の人たちの偽らざる気持ちです。住宅やインフラの復興を進めるだけでなく、障害のある人や、お年寄り、子供たちが本当に安心して暮らせる「コミュニティーの再生」を核にした復興計画の策定と実現が最重要課題です。

 今後の「みやぎ支援センター」の活動は、これら3つの難問に同時進行でとりくんでいくことになります。その任務を着実に遂行するための人的体制を含むシステムづくりと財源の確保が、センターそのものの課題となります。

 昨日の会議では、こうした課題を踏まえて、4月13日~19日まで、小野副理事長を再度、「みやぎ支援センター」に派遣することを決定しました。施設長が不在となる「赤い屋根」の利用者・家族・職員の人たちには、また、心配と負担をかけてしまうことになりますが、天野をはじめ、他施設の職員もできる限り、フォローに入るようにしますので、ご理解とご協力をお願いします。

 被災地に入る職員と、心をひとつにしながら、町田で活動する職員も自分たちにできる復興支援活動に精一杯とりくんでいきたいと考えています。

 4月30日に開催する町田作業所連絡会主催の復興支援イベントにも、法人全体に呼びかけをおこない、参加する予定です。被災地からは現在までに12か所の障害者施設から出店(出品)希望を受けています。今後のブログで、順次、ご紹介していきますので、よろしくお願いします。

(天野)

 

 

 

 

 

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大地震から1カ月。余震が続く中で、不安な生活が今も続いていることを忘れてはならない

 震災から1カ月。派遣4日目を迎えた「みやぎ支援センター」に派遣中の職員からの報告を聞いても、被災地の障害のある人たちの生活の大変さは、震災直後からあまり変わっていません。いや、かえって避難所等での不自由な生活を送ることで、ストレスや不安が大きくなっているようです。

 昨日(10日)の「河北新報」の朝刊1面の「河北春秋」(読売の「編集手帳」や朝日の「天声人語」、日経の「春秋」に相当するコラム欄」に、避難所生活を送っている障害のある人たちに思いを寄せる次の文章が掲載されていました。

 (「河北新報」・「河北春秋」より)

▼避難所の生活は誰にとってもつらく厳しい。障害のある人やその家族であれば、なおさらだろう。 一般の避難所では施設が不十分だし、ほかの住民に迷惑を掛けているのではないかと、家族は肩身が狭い。

▼秋田市の障害者の親でつくる「そよ風の会」代表を務める田中陽子さん(60)は新聞で被災した障害者と家族の記事を読むたびに、いたたまれなくなる。とても人ごととは思えないからだ。

▼会には自閉傾向の強い子を持つ親が多い。環境の違う避難所でストレスが余計に掛かり、情緒が不安定になりがちな息子や娘をつい想像してしまう。時に発作を起こすので家族の不安が目に見える。

▼田中さんは34歳の娘のことを考え、災害などに備え水や食料などを自宅に備蓄している。しかし、今回の大震災は想像をはるかに超えた。薬がこんなに不足するものなのか、と学ぶことは多い。

▼会では、平常時でも障害者が安心して暮らせる地域づくりに向け、行政に働き掛けている。同時に仙台市のボランティア団体を通して、同じ境遇の人たちに段ボール箱4個分のおやつや下着、栄養剤などを送った。

▼「障害者の親は常にいっぱいいっぱい。でも、自分がそうなったらと考えると、支援しないわけにいかない。これからも被災した仲間に「思い」を届けるつもりだ。

(以上)

 社会面にも、障害のある人の避難所での生活が紹介されています。以下に、記事を転載します。

ふんばる 3.11大震災/試練、みんなで越える

◎災害弱者抱え試行錯誤
障害ある家族支える嶋田寿さん(58)=仙台市 

 「おやじや悟たちは、いつまでここにいられるのだろうか」。仙台市宮城野区蒲生の嶋田寿さん(58)は、先の見えない日々に不安を募らせている。

 自宅で同居していた父房寿さん(90)、妻雅子さん(56)、次男悟さん(32)の3人が、障害者向けの「福祉避難所」に指定された同区大梶の区の障害者施設にいる。

 悟さんは水頭症で3歳ごろから知的な発達が止まり、脳性まひで手足が不自由だ。房寿さんは2年前からアルツハイマーの症状が表れている。

 嶋田さんは電気料金徴収の仕事をしながら、2人を日中、施設に預け、雅子さんと共働きをしてきた。が、雅子さんも昨年11月、脳梗塞で倒れた。左半身まひなどの障害が残り、職場復帰を目指してのリハビリを支えるさなか、3月11日の震災が起きた。

 福祉避難所では、職員やヘルパーが24時間、被災者を見守ってくれる。「車椅子や手すり付きトイレなど設備も整っていて、安心した」と嶋田さん。しかし、ここは一時の避難所でしかない。

 自宅のある蒲生地区は海岸に近く、地震後、津波が襲来した。房寿さんと悟さんはそれぞれ離れた施設で無事だった。家にいた雅子さんは地震の後、車で近くの小学校に避難し、大津波警報でさらに高台に逃れた。

 市中心部にいた嶋田さんは、自分の車で施設を巡って父と次男を乗せ、被災を免れた同区中野の長男浩さん(34)一家のアパートへ避難した。翌12日になって、雅子さんも自力でたどり着いた。

 嶋田さんらはそのままアパートに身を寄せた。しかし、障害のある家族には慣れない環境だった。

 「トイレや階段に手すりやスロープがなく、体重80キロの悟を介助するのは一苦労だった。悟も日ごと表情をなくしていった」。高齢の房寿さんも停電で暖房がない部屋で体調を崩した。

 福祉避難所は、雅子さんが相談した区役所窓口の紹介で、すぐ受け入れてもらった。

 嶋田さんは塩釜市にある職場の断水が続き、徴収先の会社などの被災も相次いだことで、仕事がない状態になった。だが、「今は家族が優先」と、浩さんの手伝いで自宅の片付けに通った。

 「みんなでいつまでも暮らせるように」とバリアフリーで造った家は、1階に泥がたまり、床や壁に真っ黒にこびりつき、「すぐ住める状態ではない」。悟さん、房寿さんが通った施設も送迎サービス中止で、まだ受け入れ状態にはない。

 利用できそうな福祉関係の制度も探した。国の「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」はあるものの、主眼は避難誘導。災害弱者の生活再建を支える仕組みは未整備だ。

 幸い、嶋田さんの職場は今月5日に再開した。一方で悟さんの体調は優れず、一時、医師や看護師がいる別の施設に移った。

 しばらくは家族ばらばらな状況が続く。でも、決して諦めない。「悟の障害も家族で乗り越えてきた」。今度の試練も家族みんなで乗り越えるつもりだ。(佐久間緑)

2011年04月10日日曜日

 地元紙の記者が、地域にしっかり密着しながら、ややもすると埋もれてしまいがちな、こうした情報を記事にして、発信してくださっていることを、とても嬉しく、また、頼もしく思います。

 みんながみんな被災地にボランティアに行けるわけではありません。また、もし、そんなことになると、かえって被災地が混乱してしまうことにもなりまねません。

 たとえ、被災地に行かなくても、できる支援がたくさんあります。現地の情報を再発信して、より多くの人に伝えること。何よりも、震災を受けた被災地のことを忘れないことが大切です。

(天野)

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調布の会社から、町田の自宅まで。徒歩での帰宅訓練をふたりの力でやり遂げたMさんとAさん

 先週の金曜日(4月8日)。就労中の登録者のMさんとAさんが、ふたり揃って、有給休暇をいただき、調布にある会社から自宅まで、徒歩で帰宅するという訓練をおこないました。

 3月11日の震災の翌日、「らいむ」の就労中の登録者のうち、町田市外が勤務先の47名全員に電話をかけ、安否確認をおこないました。おひとりおひとりと、地震の発生から帰宅されるまでの状況を話しているうち、涙がでるくらいの逞しさを感じ、一般就労している人の「力」を改めて実感しました。

 震災後、交通機関の運行状況により、出勤できないなどの連絡がご本人やご家族から私の携帯電話に集中する日が続きました。その都度、勤務先の事業所と連絡を取り、相談させていただきましたが、どの事業所からも温かいご配慮をいただけたことに感謝申し上げます。

 「らいむ」の登録者を雇用していただいている事業所のご担当者からも、数件の連絡を受けました。特に飲食店等のサービス業を営む事業所からは、計画停電により、営業が難しくなったり、お客様の数が減って、通常業務がおこなえない。そのため、ご本人の仕事の姿勢は評価してくださっているものの、出勤時間を短縮せざるを得ないということでした。

 こんな時、支援機関としては、どう判断し、どう対応すべきなのか悩みます。しかし、働いているのは「らいむ」の職員ではありません。ご本人たちの気持ちに応えていくことが支援機関の役割であると、ご本人たちに相談したところ、「時間短縮になっても、せっかく出会えた職場、仕事は失いたくないので、今はがまんして、続けます」という答えが返ってきました。自分に不利な状況になると、すぐに仕事を辞めてしまう若者も多い世の中、ハンデがあっても、就職できた喜びをかみしめ、職場に対して、感謝の気持ちを持って、仕事にとりくむ姿勢に感動しました。

 震災後、面談で登録者の方とお話するたびに、「3月11日は大変でした」「今でも毎日が、とても不安です」とお話される方がたくさんいます。調布の会社で勤務しているMさんやAさんからも、そうした訴えがありました。

 話し合った結果、今後に備えて、「自分の身は自分で守ること」をしっかり意識していくことを確認しました。そして、いざという時のために、会社から自宅まで徒歩で帰宅する自主訓練を提案したところ、「やってみます」と即答が返ってきました。

 訓練の実施にあたっては、事前に帰宅までのルートや準備するものを確認するとともに、今回の訓練は、ふたりで協力してできることを「強み」に、「らいむ」の職員は同行しないこと。代わりに小まめに連絡を入れることを確認しました。

 会社にも、訓練の目的を伝え、有給休暇を利用させていただくことをお伝えしたところ、「事業所としても、大変ありがたい提案である」という言葉を頂戴しました。

 4月8日 午前10時45分に、ふたりから「これから調布を出発します」というスタートの連絡を受けました。その後、途中4回の経過報告を受け、午後3時30分に、元気な声で「無事、帰ってきました」という報告の電話を受けました。

 自分たちで計画を立て、ひとつの「仕事」をやり遂げたおふたりの力に感動しました。そして、おふたりには気づかれないように、陰からこの訓練を見守ってくださったご家族に心から感謝申し上げます。

 この日の職員会議で、今回の訓練の目的と経緯を伝え、今後、できる限り、他の登録者の方にも実施を働きかけていくことを確認しました。

 「らいむ」では、就労前の準備期間中に、就労後に起こり得るさまざまなトラブルに備え、ご本人といっしょに対応策を考えることにとりくんできましたが、今回の震災を通して、改めて支援のあり方を考え直す必要を感じました。今後もあらゆる場面や状況に応じて、登録者の人たちが、自分たちの持つ力を発揮できるよう、職員一丸となって、支えていきたいと思います。

 私事ですが、4月9日の法人理事会で、私、竹内広美が、前任の天野に代わり、就労支援センターらいむのセンター長に任命され、就任いたしました。

 微力ですが、精一杯がんばっていきたい所存ですので、引き続き、「らいむ」への皆様のご理解とご支援をよろしくお願い申し上げます。

(竹内広美)

 

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期待がふくらむ、ゼルビアのチャリティーマッチ勝利。ゼルビアサポーターの皆様に、被災地の障害者施設復興支援のためのご協力をお願いします

 今日は、FC町田ゼルビア対ジェフリザーブズのチャリティーマッチを観戦。新生野津田のこけら落としとなりました。ゴール裏のクルバさんたちの左隣の席で観戦。椅子がついた分、少し見やすくなったような気がします。(夏場は西日がきつそうですが…)

 試合の方は、前半は一進一退の展開。GKの吉田選手があたっていたので、何とか失点は免れましたが、ヒヤリとするシーンが3回くらいはありました。震災後のチャリティーマッチということで、クルバさんたちも鳴り物入りの応援は中止。電光掲示板も節電対策か、光を落しているので、なんとなく、牧歌的なのんびりとした雰囲気でした。

 後半開始直後に、ケータリングブースで出店している「スワン町田店」の職員たちと立ち話をしているうちに、スタジアムから大きな歓声が聞こえ、続いて、15番柳崎選手へのコールの声。せっかくのゴールシーンを見逃してしまいました。

 後半30分過ぎ、11番酒井選手にフリーのシュートチャンスが訪れます。「これは絶対に決まった」と思えましたが、残念ながら、シュートは枠外。クルバさんたちからは、「しっかり仕事しろ!」の激励コール。でも、そこが酒井選手らしいところ。「東北の復興のために、オレが絶対に決めてやる!」の気持ちが強すぎて、力が入りすぎてしまったのだと思います。だから、「ナイスシュート(ナイスファイト)良!」です。

 試合の方は、終了間際の10番ディミッチ選手の見事な左足ボレーが決まって、2対0の勝利。今日のMVPはやはり、最年長の貫録を見せてくれた22番GKの吉田選手でしょうか?

 久しぶりに、ゼルビアの試合を見て、気分は爽快でした。今年の野津田の芝はコンデションも良さそうで、ゼルビアらしい細かいパスをつなぐサッカーが見られそうです。昨年まではあまり見られなかった大きなサイドチェンジも何回か見られ、更に期待が高まります。

 今年初めて、出店させていただいた「スワン町田店」のケータリングも、おかげさまでほぼ完売となりました。同じウィズ町田の法人内の「とうふ菜園」もスイーツ(豆乳プリン)の販売をさせていただいたところ、たくさんお買い上げをいただき、ありがとうございました。

 今日のゲームは、東日本大震災による被災地の復興支援のためのチャリティーマッチということでしたが、「スワン町田店」をはじめ、社会福祉法人ウィズ町田のすべての事業所が加盟している特定非営利活動法人 町田作業所連絡会の主催で、4月30日に「ぽっぽ町田」において、被災地の障害者施設の復興支援のための、「大物産展」を開催させていただきます。(詳しくは下記、リンクをご覧ください)

「hukkousien0430.doc」をダウンロード

 4月24日の、JFL開幕戦となる野津田のゲームの際、「スワン町田店」のブースで案内のチラシをお配りさせていただきたいと考えております。4月30日は、ゼルビアは、アウェーのMIOびわこ戦が予定されていますが、アウェーに参戦することが難しく、町田にいらっしゃる方は、ぜひ、「大物産展」の会場に足をお運びくださるようお願いします。

 今日のゲーム前のクルバさんたちの、「ソニー仙台」コール。とても嬉しく思いました。被災地の復興支援のために、ぜひ、ゼルビアを応援する皆様のお力をお貸しいただきたく、お願い申し上げます。

 順調な仕上がりを見せているFC町田ゼルビア。4月24日から開幕するJFLで、大きな旋風を起してくれることを期待しています。

(天野)

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未来に期待を持てること、目標があることが大切。~被災地の障害者施設から寄せられたメッセージ~

 昨日(8日)夜に開催したNPO法人町田作業所連絡会(略称・まちされん)の拡大理事会で、「がんばろう、ニッポン☆がんばるぞ!東北」 ~東日本大震災による被災障害者施設復興キャンペーン~ 「東北地方・大物産展IN町田」のイベントをまちされん主催で開催することを全会一致で決定しました。

 1995年に阪神・淡路大震災が発生したときも、被災地の障害者施設の復興支援のために、いち早く、被災地支援のための大バザーにとりくみ、売上の全額(300万円)を被災地に支援金を送った「まちされん」。

 当時の「まちされん」の多くは、国の認可を受けない小規模作業所でした。阪神・淡路大震災により、認可、無認可を問わず、多くの障害者施設が被害を受けましたが、復興のための公費を国から得られる認可施設に対して、無認可の小規模作業所は、まったく公費が支給されないことに矛盾と憤りを感じ、被災地の小規模作業所の復興支援のためにとりくんだ活動でした。

 ひとつひとつの小規模作業所の力は小さく弱いけれど、同じ目的や目標に向かって、みんなで力を寄せあえば、ものすごく大きなアクションを起こすことができる。被災地支援の活動をおこなう中で、私たちが気づかされたことです。

 今回の東北支援のとりくみも、私たちの側が一方通行で被災地を支援するのではなく、私たちの側も、作業所運動の原点を再確認したり、仲間の結束を強める機会を被災地の作業所の人たちからいただいているのだと思って、とりくみたいと思います。

 まちされん会員の士気を高めるために、被災地でのとりまとめをお願いしている「はらから福祉会」の武田理事長に、ぜひ、開催に向けて一言コメントをいただけないかとお願いしたところ、7日夜半の大きな余震の影響で、混乱した状況下にあるにもかかわらず、丁寧なメッセージをお寄せくださいました。

 読んでいるうちに涙がこぼれました。そして、その後には、「これな何が何でもこのイベントを成功させなければいけない」とファイトが湧いてきました。

 ブログをご覧になってくださっている皆さんにも、武田理事長からのメッセージをお伝えします。

町田作業所連絡会の皆様

 「がんばろう、ニッポン。がんばるぞ!東北」をスローガンに、東日本大震災被災障害者施設復興支援キャンペーンの成功のためにご尽力されている皆さん、ご支援本当にありがとうございます。

 私は、働くことは人間にとって最も基本的な営みであり、働くことを抜きにして、生き生きした暮らしは実現できない、とずっと思ってきました。養護学校の教師をしながら、小規模作業所を立ち上げ、仕事の質と量及び所得を保障しよう、と一貫して主張してきました。例え、どんなに障害が重かったとしても同じ人間であり、同じ願いを持っていると信じるからです。

 今回の大震災は、ある意味、日常、忘れかけていた現実を私たちにつきつけました。食料を、ガソリンを、日用品を求めて長蛇の列ができました。生活の糧を手に入れることができなければ暮らしが成り立たず、救援物資もありますが、お金がなければ必要なものが手に入らないのです。

 本当の復興は仕事の見通しがついた時、収入の見通しがついた時です。それは障害があろうとなかろうと、障害が重かろうと軽かろうと関係ありません。みんな同じなのです。こんな話を、遠路宮城までお出でいただいた天野さんとしました。いろんな悪条件はあるけれども商品は何とかつくることができます。問題は販路です。何とかならないだろうかという私の願いがこんなにも早く実現するとは夢にも思いませんでした。

 人間、どんなに大変な状況下にあろうと、目標があれば頑張ることができます。自分たちの商品が首都圏のみなさんに満足していたでけるかどうか、買っていたでけるか、不安と期待が入り混じっています。でもこれが生きがいなのだと思います。不安に打ち克つためには努力する以外ないし、ドキドキしながら結果を待つ。生きていることを感じるときです。

 昨晩、ものすごい余震がありました。水道や電気がまた止まった施設があります。状況は最悪です。この最悪の状況を抜け出すために必要なのは、未来に期待を持てること、目標があることです。今回の大物産展はその一つです。

 4月30日の大物産展が成功し、その輪が全国に広がっていく、そんなことを夢見てます。皆さんには、大変なご苦労をおかけいたしますが、よろしくお願いします。

平成23年4月8日

社会福祉法人はらから福祉会 理事長 武田 元

 まちされん理事会で承認され、(案)の表記がとれた、4月30日のイベントの呼び掛け文を再度、下記にアップします。

 「hukkousien0430.doc」をダウンロード

ぜひ、たくさんのお知り合いに声をかけてください。ぜひ、お誘い合わせて、会場にお出でください。そして、たくさんの商品をご購入ください。

 被災地に足を運べなくても、町田に居ながらにして、できる支援はたくさんある。

 太~く長~い支援を続けることが大切だ。

(天野)

 

 

 

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「みやぎ支援センター」に派遣した職員3名が無事、現地に到着しました。今すぐできることから始めよう!

 今朝、町田を発って、仙台市の「みやぎ支援センター」に向かったウィズ町田の3名の職員から、先ほど(16時20分)、「無事、現地に到着した」という連絡が入りました。

 昨夜、23時32分頃に宮城県沖を震源地とする最大震度6強を観測する地震が発生したことで、出発時間ギリギリまで、判断に苦しみましたが、午前8時に、理事長名で「出張命令」を発令しました。

 昨夜の地震では、高齢の方がショック死されるなど人的被害も出ました。宮城県を中心に東北地方で約400万戸が停電に見舞われました。「みやぎ支援センター」も停電となりましたが、朝8時前に復旧したということです。昨日、東京から仙台までようやく復旧したJRの在来線も再度、普通になっています。

 H福祉会のT理事長からいただいたメールでは、8つの事業所のうち、午後3時現在で、4つの事業所の水道と2つの事業所の電気が止まってしまっているとのことです。

 先週から全事業所の活動をようやく再開できたというのに、まさに弱り目に祟り目の状況です。昨夜と同等規模の余震が、今後も発生する危険性のあることが発表されたことが、更に不安をあおります。

 「もうこれ以上、東北を苦しめないでくれ」という切実な声があがっています。

 このところ、毎日、目を通すことが習慣になってしまった「河北新報」の今朝の朝刊にはこんな記事がありました。

 被災地に「見物人」と思える人や車が多数出入りしており、復興支援活動にも支障をきたしているというのです。警察も検問を開始し、自粛を求めるということですが、どうして、こんな時に、そんなことができるのかと、悲しい気持ちになってしまいます。

 派遣隊から入った報告では、東北自動車道の菅生PAでは、未だにガソリンの給油上限が2000円だということです。現地では、生活のために必要なガソリンや物資がまだまだ不足している中で、物見遊山に車を走らせることは、厳に慎むべきことです。

 被災地の復興支援をこの間、ずっとこのブログで呼びかけていますが、毎日、たくさんの方に閲覧していただき、コメントには真剣な声もお寄せいただいています。ぜひ、コメント欄にも目を通してみてください。

 漁業用フロートの活用法については、現在、「みやぎ支援センター」に2名の職員を送り出してくださっている「社会福祉法人つぼみの家・ゆめ工房」のUさんから、アイデアをお寄せいただきました。被災地のために、たとえ現地に行かなくてもできる支援がたくさんあると発信し続けていますが、Uさんの姿勢もそのひとつだと思います。

 フロート型の「がんばろう東北」のステッカーは、とても良いアイデアだと思います。今日の夜に開催する町田作業所連絡会の理事会で、できれば、ゆめ工房の人たちから提案をだしてほしいと思います。

 4月30日のイベントで会場をお貸しいただく「町田まちづくり公社」の職員さんからも、本日、「そのような趣旨であれば、今回の使用料は無料にしたい」という連絡をいただきました。また、「開催告知の広報活動をお手伝いしたいので、販売する物産のリストができたら教えてほしい」というお話もいただきました。

 昨日のブログで紹介した「ひまつぶし」のMさんからも、募金の呼びかけのチラシが早々に届きました。下記にリンクを貼りましたので、ぜひ、ご協力をよろしくお願いします。

「hikatubusi.doc」をダウンロード

 また、神奈川県内全域と町田市で約221万部を発行されている「タウンニュース」紙でも、被災地の障害者施設の状況と復興支援の呼びかけを記事にして、広く市民の皆様に伝えていただくことができました。下記が記事のリンクです。

http://www.townnews.co.jp/0304/2011/04/07/100985.html

 「みやぎ支援センター」に派遣した3名の職員が、明日から、被災地の人たちのためにしっかりと働いてくれる、そして、怪我なく無事に戻ってきてくれることを願っています。

 昨日も書きましたが、昨日より、また今日、今日よりも明日と理解と支援の輪が広がってきていることを嬉しく思います。

 最後に、今日も同じことを書きます。

 被災地を思う気持ちはみんな同じ。たとえ、現地に行かれなくても、今すぐ、私たちにできることが何かあるはずです。それをかたちにして、行動しましょう。

 さて、これから資料を準備して、町田作業所連絡会の会議に出かけます。たくさんの仲間が集まってくれることを期待しています。

(天野)

 

 

 

 

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被災地の障害のある人たちへの支援の輪がますます広がることを期待します

 明日(8日)から、ウィズ町田として、3名の職員を「日本障害フォーラム(JDF)みやぎ支援センター」に派遣します。3名の職員は、4月15日まで同センターの指揮下に入り、被災地の障害のある人たちの調査・救援活動にとりくみます。

 備忘録として、ウィズ町田からのこれまでの派遣先と派遣人員を記しておきます。

3月18日~19日 宮城県仙台市(3名)

3月23日~24日 福島県郡山市、いわき市(2名)

3月25日~26日 宮城県仙台市(3名)

3月25日~27日 宮城県および岩手県(3名)

3月29日~4月6日 「みやぎ支援センター」(2名、内1名は4月2日まで)

4月8日~15日(予定) 「みやぎ支援センター」(3名)

 ウィズ町田の他にも、現在、町田市の2つの障害者施設から、5名の職員が「みやぎ支援センター」に入り、支援活動をおこなっています。

 震災から間もなく1カ月になろうとしていますが、被災地の生活はまだまだ不自由をきわめています。障害のない人にとっても、過酷な避難所生活は、環境の変化や対人関係が苦手な障害のある人たちにとっては、尚更、辛く、ストレスがたまるものになっています。

 現地の避難所で調査をおこなっている職員(社会福祉法人つぼみの家・森工房のIさん)からは、次のような報告も届いています。

(Iさんの報告メールから)

 本日は宮城県でも被害の大きい、南三陸の方へ調査へ行きました。今まで見てきた所よりはるかに大きい被害であり悲惨な光景でした。

 連日の施設訪問に続き、避難所訪問、ボランティアセンターを訪問しました。

 施設へ通所されていたり、なんらかの形で施設と関係がある利用者については安否の確認は比較的取りやすいのですが、避難所となると、「それっぽい人はいるけどはっきりと答えられない」と避難所の担当者の答えでした。

 支援センターへ来ている人の話では、地域柄のようですが、障害を隠す家庭がまだいるようです。それが関係しているかわかりませんが、上記の事にも絡んで、捜索が難しくなるのではないかと思います。

 また、まだ障害者の方の個人情報がないため、どこにいるか探すのが大変です。

 ある避難所では、障害者の方が夜うるさいので他へ回して欲しいと、他の避難者からの苦情がきているようです。これからそのような問題がたくさん出てくる気がします。

(以上)

 報告の最後にあるような、避難所での障害のある方とない方との軋轢といった問題が、今後、避難所生活が長引く中で、更に大きくなってくることが心配です。

 現地からの報告を受け、被災した障害のある方の、受け入れを少しでも早く実現したいと考えています。

 

 現地に出かけるだけでなく、町田市内でも被災した障害者施設に対する支援活動の輪が広がっています。

 「NPO法人地域であたりまえに育つ営みを支援する会」が運営する「ひまつぶしdeすぷ~ん」の職員のMさんから、次のような嬉しいメールをいただきました。

(Mさんのメールから)

 この度の震災では、復興に向けての大変誠意ある支援、毎日ブログ等で拝見させていただいております。

 迅速で大胆、中身の濃い支援や、現地に向けての言葉、ブログの読者へのメッセージの発信は、頭が下がる思いでいっぱいです。

 自分も震災当日は災害弱者になって、スワンや市役所に保護していただいたり、現在支援活動をしている森工房のIさん(ヘルパーに来てもらっているんです)からものすごい現状のリポートを受けたりしながら、私も、私たちに何か出来ないかと考えているところです。

 で、ここからが相談兼質問なのですが…。

 ひまつぶしで募金を集めようと思っています。

 今日おこなったスタッフ会議であがったのですが、私たちが集めた募金を「みやぎ支援センター」に届けていただくことは可能ですか?

 直接、困っている障がい者、あるいはその支援施設の復興に使っていただきたいというのが、私たちの思いです。もし、これが可能であれば以下のことを実行しようと思っています。

①4月30日を締め切りに募金箱の設置(ひまつぶしに)

②ブログやHP上で可能な限りの募金の呼びかけと、支援センターや「ぽっぽ町田」のイベントの紹介

③より多くの金額が集まるように、募金箱に集まった金額と同額をひまつぶしからも寄付するシステムをおこなう(ただし、上限あり)

④日ごとに集まった金額と合計を、HP上で発信する。

③ですが、上限(これを設けるのも変な話なのですが)を50万とし、募金と合わせて100万円を目標として動いてみようと思っています。

(以上)

 口と顎で、電動車いすを操作して、いつも活発に動きまわっていらっしゃるMさん。地震があった当日は、ご自身も大変な目にあったからこその、大変、ありがたい申し出です。

 早速、ご協力のお願いとお礼のメールを送らせていただきました。

 Mさんがメールで触れてくださっている4月30日に開催する復興支援のためのイベントの趣意書を昨日、作成しました。

 明日開催する「町田作業所連絡会」の理事会で、最終的な確認をおこなう予定ですが、少しでも早く本イベントの開催趣旨や主催者の思いを知っていただきたいので、下記にアップしました。ぜひ、ご覧になっていただき、たくさんの方にお知らせください。

 被災地でも、町田でも、町田の施設職員がしっかりと動きはじめています。支援の輪がますます大きく広がること、そして、被災地の障害のある人たちに、1日も早く笑顔が戻ることを期待します。

「hukkousien0430.doc」をダウンロード

(天野)

  

 

 

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被災地でがんばっているソニー仙台の選手たち。4月10日はゼルビアのチャリティーマッチ開催

 FC町田ゼルビアの好敵手「ソニー仙台」の記事が、東北地方のブロック紙「河北新報」の4月4日付夕刊にありました。

 http://www.kahoku.co.jp/spe/thksports/20110404_01.htm

 リンク切れしたときのために、記事を転載しておきます。

ソニー仙台が子ども向け教室 多賀城と七ケ浜で開催

 サッカーの日本フットボールリーグ(JFL)ソニー仙台の選手が東日本大震災の後、練習場のある宮城県多賀城市や七ケ浜町の避難所で、子どもたちを対象としたサッカー教室を開いている。
 会社の社屋も津波の被害を受けた。後片付けや掃除などの仕事をこなした後、早めに退社できる選手を中心に、1日置きに多賀城市文化センターと七ケ浜町の松ケ浜小で開催している。
 多賀城市文化センターで2日あった教室には、避難所暮らしをする小学生ら30人ほどが集まった。週末ということもあり、普段より多い7選手が参加してサッカーをしたり、遊び相手になったりして約1時間半を過ごした。
 子どもたちは選手といる時は「サッカーは楽しい」「選手が面白い」と無邪気に話す。しかし、津波で自宅が流された児童もいて、話題が震災に及ぶと口をふさいでしまう場面も見られた。
 FW沢口泉選手(24)は「サッカーを通じて少しでも楽しい時間を過ごしてもらえたらうれしい」と話した。主将のMF瀬田貴仁選手(25)も「避難所暮らしのストレスを和らげたい。でも、僕らが逆に子どもたちから元気づけられていますよ」と笑顔を見せた。
 チームは練習再開のめどが立っていない。教室は別の避難所も訪れるなどして継続する方針という。(千葉淳一)

20110404031jd

サッカー教室を開き、子どもたちに元気を与えるソニー仙台の選手=2日、多賀城市

2011年04月04日月曜日

 昨年の天皇杯2回戦では、同じ仙台市をホームタウンとするJ1のベガルタ仙台を破った「アマチュア最強チーム」のソニー仙台。

 4月10日には、ゼルビアのホーム野津田での対戦が予定されていましたが、東日本大震災の影響でゲームは延期になりました。

 でも、お互いに万全の状態で臨んだ方が良い。困難にもめげず、被災地の復興のために仕事とサッカーを通じて、がんばっているソニー仙台。更に強さに磨きをかけ、JFLに旋風を巻き起こしてくれることを期待しています。

 そして、4月10日は、いよいよ生まれ変わった聖地野津田のこけら落としとなるチャリティーマッチの開催が決まりました。

 対戦相手は、同じJFLのジェフリザーブズ。きっと、桜の花が満開の中、被災地の復興に思いを寄せた好ゲームになることでしょう。

 屋台村でお世話になっている「スワン町田店」も、新しいユニフォームを身につけ、出店しますので、どうぞ、よろしくお願いします。

(天野)

 

 

 

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「みやぎ支援センター」で活動する町田市の法人から派遣の5人の職員さんの活躍を願う

 4月2日から仙台入りして、「みやぎ支援センター」で活動している町田市にある社会福祉法人つぼみの家のIさんから、昨日のブログに下記のコメントをいただきました。

(ブログへのコメント)

本日、塩竃市内の施設を訪問した際にどこか商品を売る所が欲しいと言われました。天野さんのこの企画の話を話すと是非とも参加したいとの事でした。

色々決まりましたら知らせて下さいとの事です。

よろしくお願いします。

 Iさん、コメントをありがとうございます。また、現地での支援活動お疲れ様です。塩竃市の施設の方には、同じ県内のH福祉会のT理事長にすぐに連絡を取り、参加の意思表明をしていただくよう、お伝えください。

 今、一番大事なことは、被災地の皆さんが、「自分たちはこんなことに困っている」「こんな協力や支援がほしい」と、誰に遠慮することなく声をあげることだと思います。そんな願いや声を現地で、しっかりと聞き、それを広く発信することも「支援センター」で活動するIさんたちの大切な役目だと思います。そして、その情報発信に応えて、動くことが後方支援を担う我々の役目だと思います。

 本日、午前中にヤマト福祉財団のH常務理事とお話をさせていただきました。今回の町田でのイベント開催については、物流面等でヤマト福祉財団でも全面的な協力を検討していただけるという言葉を頂戴しています。

 宮城県H福祉会のT理事長にしてもヤマト福祉財団のH常務理事にしても、4月30日に町田で開催するイベントで終わらせるのではなく、これを契機にしっかりとマニュアル化して、同様なイベントを全国展開していきたいという強い意志をもっていらっしゃいます。

 

 ウィズ町田では、本日第4回目となる「震災支援対策会議」を持ちました。30日に開催するイベントには、ウィズ町田として、町田作業所連絡会に協力しながら、全力をあげて協力することを確認しています。また、「みやぎ支援センター」の第2クールの支援に派遣されているIさんをはじめとする町田からの派遣職員の動向についても、みんなが関心を寄せ、安全を祈っています。

 今日も第1クールの支援活動に参加した「なないろ」のN職員の報告に全員が真剣に耳を傾けていました。

 現地にいかなくてもできる支援がある一方で、現地の声を聞かない限りできない支援もたくさんあります。

 Iさんが、現地に到着した後、大津波の被災地を訪れ、感じた率直な思いも報告としてきちんと届いています。あの光景を目の当たりにして感じるショックはみんな同じです。でも、それを乗り越え、現地の声をしっかりと受けとめ、こんな支援が今、必要だと、派遣元に現地の要望を送ることがIさんたちのもっとも重要な使命であると思います。

 そして、町田でIさんたちの留守を守っている私たちにとっては、Iさんたちを通して受ける現地の要望にこたえる方法を考えることが同様にもっとも重要な使命であり、役割なのです。

 明日からも、もし、時間があれば、ぜひ、このブログにコメントを寄せてください。最後にサッカーが大好きなIさんに、名古屋グランパス監督(Iさんの応援する鹿さんチームの監督じゃなくてすみませんが…)のストイコビッチ氏のこの言葉を送ります。

Everything is difficult, but everything is possible. (全ては困難であるが、全ては可能である。)Never give up ! (決してあきらめない。)

(天野)

 身体に気をつけて、良い支援活動ができるように頑張ってください。遠く町田の地から、Iさんたちの活躍をみんなで祈っています。町田から派遣のみなさんにもどうぞよろしくお伝えください。

全力でとりくむ姿勢が何よりも尊いことだと思います。

 どんなに困難なことであっても、最初から、「これはだめ」とあきらめてしまわないで、

 

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「がんばるぞ!東北」に込められた思い。大津波で打ち上げられた漁業用フロートの活用策はないか?

 昨夜は、グループホーム「みおん」で宿直。早いもので、昨年4月の開設から1年経ちました。窓のカーテンも何もない宿直室で、前の通りにある信号の点滅に眠れぬ夜を過ごしたことも今では、なつかしい思い出になりました。

 震災で被災した障害者施設の復興支援のために、4月30日(土)に、町田市の「ぽっぽ町田」で、被災地の作業所の自主製品や、東北地方の名産品を集めた「大物産展」のイベントを開催します。

 昨日も、現地と、メールでやりとりさせていただきました。東北と言えば、米どころ、そして、おいしい日本酒の酒蔵もたくさんある地域です。「大物産展で、ぜひ、東北の地酒も」とリクエストしたところ、H福祉会の作業所では、酒類の販売許可を受けているところもあるとのこと。当日は、選りすぐりの地酒の販売もおこないますので、左党の方は、楽しみにしていてください。

 何度も繰り返しますが、被災した障害者施設、そして、被災地全体の復興のためには、「太く長い」支援が必要です。今回、町田で開催するイベントも、1回限りで終わらせるのではなく、何回も回を重ねていきたいと考えています。イベントだけではなく、ウィズ町田の店舗型施設の「スワン町田店(中町)」や「とうふ菜園(玉川学園)」では、できれば、お店の一角を空けて、被災地の障害者施設の自主製品を販売できる「アンテナショップ」のような形で活用していただければと考えています。

 また、町田だけでなく、全国各地で、こうしたイベントやとりくみを開催・実施してもらえるよう、呼び掛けていきたいと思っています。そのためには、何としても今回の町田のイベントを成功させ、モデル化していくことが必要です。各地で同じようなイベントを開催していただくために、「幟(のぼり)旗」や「ゼッケン」も準備しようと考えています。あえて、町田の文字は入れず、どこのイベントでも使えるような仕様にして、貸し出しができるようにしたいと考えています。

 幟旗に書くスローガンをあれこれ考え、「がんばろう、ニッポン。がんばっぺし、東北!」はいかがでしょうとかと、現地に問い合わせたところ、「がんばっぺし」という方言は、東北地方の一部でしか使われていないので、あまり馴染みがない。むしろ、「がんばろう、ニッポン。がんばるぞ!、東北」はどうだろうと提案を受けました。

 「がんばろう」ではなく、「がんばるぞ!」とすることで、被災地の作業所の人たちが積極的に復興にとりくみ意思を示したいとのことでした。

 とても、すばらしいことだと思いました。支援をただ待っているだけでなく、自分たちが先頭に立ち、自分たちの力で復興をめざすという強い意思の表れです。作業所で仲間との共同作業でつくりあげる製品がバンバン売れることで、きっと障害のある人たちも元気と希望を取り戻せると思います。ぜひ、たくさんの方においでいただけることを願っています。

 岩手県の沿岸部の被災地をまわったとき、ガレキの中に、鮮やかなオレンジやイエローの球体がいくつも打ち上げられているのを見ました。折れた電柱に果実のように巻きついているものもありました。定置網や養殖に使う漁業用のフロート(浮き)です。

 被災された方には、不快感を与えてしまうかもしれませんが、このままでは、この先、きっとガレキといっしょに処分されてしまうのではないかと思います。所有権の問題などいろいろと解決しなければならない問題もたくさんあるとは思いますが、どうせ、このまま処分されてしまうのであれば、改修して、何かに活用できないものかと思います。

 たとえば、障害のある人たちが、絵を描いたり、「がんばるぞ!東北」の文字を入れ、1個500円くらいで販売すれば、きっと買いたいと思う人がたくさんいると思うのです。震災で犠牲になった方のことをずっと忘れないために、震災から学んだ教訓を今後に生かすために、大津波を乗り越えてきたフロートは、その鮮やかな色彩や丸い形態からも、復興に向けての象徴(シンボル)になるように思います。

 そして、その収益は、すべて今回の震災で甚大な被害を受けた漁業の復興のために使えば良いと思います。

 具体的に、「こうすれば良い」という知識やアイデアをお持ちの方はぜひ、教えてください。また、誰がやってもいいことなので、「やってやろう!」という方は、とりくみをはじめてください。また、「こんなバカなことを考えている奴がいるぞ」とあちこちに吹聴してまわってください。

 現地に行かなくても、今、自分がいる場所でできることはたくさんあります。まずは、自分には、何ができるかを考えてみることが大切です。

(天野)

 

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「みやぎ支援センター」の活動報告ブログが開設されました

 ウィズ町田から、現在、職員2名を派遣しているJDF(日本障害フォーラム)の「みやぎ支援センター」のブログが立ち上がりました。

 http://blog.normanet.ne.jp/jdf_shienhonbu/index.php?q=blog

 

 宮城県内の被災した障害のある人たちの様子が克明に報告されていますので、是非、ご覧になってください。

 現地に派遣している職員のうち1名が、本日、任務を終えて、町田に戻ります。昨日、一昨日と、沿岸部の石巻市、女川町を訪ね、行政や避難所を回って、障害のある人たちの被災状況を調査してきたとのことです。

 本日から、町田市内の2つの法人(「NPO法人あうん」と「社会福祉法人つぼみの会」)から、計5名の職員が、「みやぎ支援センター」に入って、支援活動をおこないます。現地での活躍と道中・現地での安全と健康を祈ります。

 ウィズ町田のもうひとりの職員は4日に帰京の予定。同日、第4回の震災支援対策会議を法人内で開催し、帰京した2人の職員からの報告を受けて、今後の支援のあり方を検討します。

 また、8日~15日の予定で、3名の職員を「みやぎ支援センター」に引き続き、派遣する予定です。

 現地に職員を派遣しての復興支援と合わせて、町田に居ながらにしても、できる支援活動にもしっかりとりくんでいきたいと考えています。

 現地の障害者施設・作業所でも先週くらいから徐々に事業・活動を再開するところが出てきました。建物には大きな損傷がなかった施設でも、地震の大きな揺れで、授産事業に係る器具什器が損壊してしまった施設が何か所もあります。

 通所を再開した障害のある人たちが元気になるためには、震災前と同じ活動を一日も早くできるようにすることが大切です。そのためには、原材料の仕入れと、製造した製品を販売するルートを確保し、給料を保障することが必要です。

 町田でできる支援として、東日本大震災による被災障害者施設の復興支援のためのチャリティーイベントの開催に向けて、準備を進めています。

 具体的には、4月30日(土)に「ぽっぽ町田・ピロティ」において、被災地の障害者施設で製造・販売している商品と、東北地方の様々な物産を販売する「復興支援のための東北大物産展」を開催します。

 4月8日に開催予定のNPO法人町田作業所連絡会の理事会を拡大理事会にし、広く参加を呼び掛け、実行委員会形式で、今後の準備を進めたいと考えています。

 何度も繰り返しますが、被災地の復興には、太く長い支援が必要です。たとえ、現地に行かなくても、こちらでできる支援もたくさんあります。

 ひとりひとりにできることを、しっかりやっていくことが大切だと思います。

 上記のイベント開催については、準備状況や内容等、逐次、ご報告させていただきますので、できる限り、たくさんの方に周知していただき、当日は、ぜひ、会場に足をお運びいただけますよう、お願い申し上げます。

(天野)

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