« 明日から2泊3日で岩手に行ってきます | トップページ | 「みやぎ支援センター」の立ち上げ、復興支援のイベント開催の具体化 »

東北大震災による岩手県・宮城県の被災地への派遣報告

昨日(27日)、宮城・岩手の被災地派遣から戻ってきました。

本日(28日)開催予定の第3回ウィズ町田震災支援対策会議で報告する概要を以下、簡単に記してみました。

●岩手派遣隊(3名)行動概要

3月25日(金)

町田を7時に出発。14時に宮城県南部の柴田町にある「H福祉会」本部に到着。法人理事長他から、宮城県内のきょうされん加盟施設の現状を伺う。

15時30分に柴田町を発ち、21時に岩手県遠野市に到着。総合福祉センターで宿泊。

3月26日(土)

遠野市在住の知人の案内で、釜石市、大槌町、山田町、宮古市の被災地を回る。宮古市のW福祉会の知的障害者入所更生施設W学園と、宮古市(旧田老町)の社会福祉法人SのグループホームMおよび就労継続支援事業所Mで救援物資の受け渡しと情報収集。16時30分に田老町を発ち、盛岡経由で、帰途につく。東北道の福島西IC~二本松IC間が事故のため通行止めになり、22時30分 国見SAで車中泊。

3月27日(日)

11時に町田帰着。

●宮城県の状況

きょうされん宮城支部加盟団体(21事業所+支部事務局)の被災状況(「H福祉会」で情報収集

・2つの事業所で、1名ずつ計2名の利用者の方が亡くなられ、3つの事業所では、家族が亡くなったり、行方不明の方がいらっしゃるとのこと。また、自宅が津波で流出した方も多数で、H福祉会の8つの事業所では、14名の知的障害のある利用者の人が現在、避難所生活を送られているとのことです。

・施設建物に損傷を受けた事業所は8つ。その内、女川町にある事業所は津波で施設が流出してしまったということです。

・25日現在、ライフラインはほぼ復旧しつつありますが、4つの事業所では、まだ水道が復旧していないため、大変な不自由を強いられています。

・ガソリン不足が深刻で、まず、職員が事業所に出勤できない。物資が運べない。利用者の送迎はまったく再開の見込みが立たないといった状況です。

●岩手県の状況

・甚大な被害を受けた沿岸部の各自治体までほぼ等距離にあるということで、遠野市が救援物資輸送の前線基地になっているが、ガソリン不足が影響して、物資の輸送もままならない状況が続いている。

・遠野市、釜石市の自治体の対策本部、社協のボランティアセンターを訪ねたが、障害者施設の状況に関する情報は、まったく得られない状況。

・釜石市から、宮古市にかけて沿岸部を走行したが、津波の被害にあった地域は、壊滅状態になっている。道路は通行できるが、道路脇はガレキの山となっている。倒壊した家屋やへしゃべた放置車両には、ペンキで生存確認済の印がつけられている。物資輸送とガレキの撤去に多数の自衛隊員が黙々と励んでいる。

・倒壊した家屋の解体・撤去には、所有者の承認が必要なため、所有者自体の安否や避難先が判明しない中、手がつけられない状況になっている。

・訪問した2つの障害者施設では、人的被害や建物の損傷はないが、震災直後からライフラインが復旧するまでの10日間以上、不自由な生活を強いられた。GHの管理人さんは、地震直後に、安否確認のため自宅からGHに駆け付けたが、その後、すぐに自宅は津波で流失したという。「この人たちのおかげで命が助かった」と話されていた。

・水道復旧までの間、避難所に水をもらいにいったが、水不足もため、冷たい対応を受けたという。今後、避難所生活が長引く中で、避難されている方の疲労やストレスが蓄積されるに連れて、避難所で生活している障害のある人たちにとっては、辛い目に遭うことが増えるのではないかと心配される。

●現地までおよび現地の交通の状況

・3月24日(木)午前10時から、規制が解除され、東北自動車道の全区間で一般車両の通行が可能になっている。これに伴い、各警察署での「緊急車両通行標章」の交付は停止されている。

・道路状況は、福島県内、宮城県内では、路上に段差が生じている箇所が多数あるが、通行には問題ない。区間によっては、50キロ、80キロの速度制限が実施されている。

・SA、PAでの給油は、北に行くほど困難になる。2,000円上限などの給油制限が実施されており、長いところでは、給油までに1時間30分の待ち時間が必要。また、仙台手前の菅生PAなどでは、市内で給油ができないため、わざわざ高速に乗り、給油に来る人たちが順番待ちをしている状況。SAのレストラン等はまだ営業していないところも多数ある。

・現地の一般道は通行可能だが、営業していないGSが多数。営業中のGSには給油を求める車列が並んでいる。給油制限があり、整理券を配布して、1時間たらずで売り切れになってしまう状況。前日からGS前に車を置いて、給油待ちしている方もいる。

・帰路、宮古市から盛岡に向かう峠道では吹雪に見舞われた。30分くらいで道路の積雪は3~5センチになり、バンパーが氷結した。また、車中泊した国見SAで降雪。福島飯坂IC~二本松IC間はチェーン規制となった。

●現地に支援に入る際の留意事項

・燃料(ガソリン)、食料、飲料水、寝具、防寒具等持参の「自己完結型」支援が前提。

・天候、地域によっては、4月中も降雪・積雪の可能性があるので、スタッドレスタイヤの装着が必要。(現地では、チェーン装着の車はまったく見られませんでした)

・現地で被災された方は、家族や親戚、知人を亡くした方や行方不明の方が多い。また、津波に家族がさらわれる様を目の当たりにした方もいらっしゃる。ご本人から話しだされるまで、細かい状況を聞くのは控えた方がよい。また、話しだされたときには、途中で口をかかさず、傾聴することが大切。

・救援物資を届ける際には、リストを作成し、必要な物資を選んでいただく。衣類は品別、サイズ別、男女別に細かく整理しておくことが必要。女性用の肌着、歯ブラシ、歯磨き粉、爪切り、老眼鏡など、細かな物資が不足している。必要な物資は、時間の経過につれて変化するので、事前の情報収集を綿密に。不必要なものを届けても、支援にはならない。

・救援物資は、すべて、こちら(東京)から運ぶ必要はない。現地の避難所等で必要な物資を聞き取り、現地の集積所で搬送の依頼を受けたことを話し、調達することができる。

・現地で今、一番不足しているのはガソリン。少なくとも、自分が行って、帰ってこられるだけのガソリンを携行缶等で確保してから、現地に向かうこと。給油制限はあるものの、高速道路上では、なんとかガソリンが調達できるので、小まめに給油しながら現地に向かう。帰りのガソリン量の見込みが立つようなら、携行缶で持参したガソリンは現地に置いてこられるくらいの余裕がほしい。

・復興までの支援活動は、相当に長期化することは自明。東京など都市部の「時間感覚」でせっかちな支援は行わず、現地の習慣や考え方、ペースを尊重した支援をおこなうことが大切。

 実際に被災地を訪ねて、改めて、確認できたことは、震災後2週間以上経過したにもかかわらず、被災された方々の状況は大きく改善されておらず、一般の人たちの生活状況もままならない中で、障害のある人たちなど、災害弱者の人たちは、それ以上に深刻な状況にあるということです。

 現地で聞いても、今回の震災では地震そのものによる被害は小さく、地震後に発生した大津波によって、甚大な被害がもたらされています。

 宮古市のある町では、車を降りて、避難所となっている小学校から、港まで歩いてみましたが、津波が押し寄せた場所では、大型観光船が港から100メートル以上も陸地に押し流され、船の下には車が何台も押しつぶされていました。港から400メートルくらい離れたやや高台にある小学校までの間の民家はすべてガレキと化していました。

 テレビや新聞で見る光景が、限られた一部の地域だけではなく、千葉県から茨城県、福島県、宮城県、岩手県、青森県までの500キロにも及ぶ沿岸地域すべてで起こった紛れもない事実であることに言葉を失います。

 被災された方のお話を聞くと、「自分はなんとか助かったけれど、家族や親戚が津波にさらわれた」という方が大勢いらっしゃいます。「亡くなった」ではなく、「さらわれた」「連れて行かれた」と話されることに、人力ではどうしようもなかった無念さ、悔しさ、辛さを思い、胸が痛みます。

 岩手県沿岸部の集落は、リアス式で入り組んだ湾の奥に集落があり、集落と集落の間には峠を越える道路しかなく、車がなければ移動すら困難です。深刻なガソリン不足が続く中、折角、全国から寄せられた救援物資が自治体の集積所に届いても、そこから、避難所などに物資を運ぶ手立てがない状況です。

 現地で行動を共にした遠野市在住の知人が、血液にたとえて、動脈には血液が流れているが、毛細血管にはまったく血液が流れていない状況になっており、このままでは、壊死してしまうと話していましたが、まさにその通りです。毛細血管の先がどのように傷つき、どんな手当が必要かをしっかり把握した適切な支援が強く望まれます。

 絵葉書のような美しい風景でも、いつもそこにあれば、見慣れて、感動を覚えることも少なくなってしまします。それは、平和に満たされているからです。

 しかし、ガレキの山と化した悲惨な光景を、見慣れてしまって、何も感じなくなってしまうようなことは全体にあってはならないことです。

 ガレキの下に埋もれてしまった平和な日常を(もちろん、それはまったく元通りに戻ることではありませんが)少しでも早く取り戻せるように、被災された方の心に寄り添えるような息の長い支援に今後、とりくんでいきたいと考えています。

(天野)

|

« 明日から2泊3日で岩手に行ってきます | トップページ | 「みやぎ支援センター」の立ち上げ、復興支援のイベント開催の具体化 »

東日本大震災による被災障害者施設の復興支援」カテゴリの記事

コメント

週末の強行軍、大変お疲れさまでした。
テレビでも、被災地の障害者の支援についてNHKが連日放送していますが、出演していた障害者の団体の代表の方が「私たちは(普段でも)ひとりっきりでは生きていけないからみんなと繋がって暮らしています。結果としてそのネットワークが災害の時にもそのまま活きています。」「今後は地域の高齢者の方に対する支援を考えていければと思います。実は障害者のニーズと高齢者のニーズは割と似ていると思うので」とコメントされていました。全く思いもかけなかった事でしたが、私も学校の父母会やスポーツ少年団等での細々とした繋がりを大切にしようと思いました。それが「毛細血管」なのかも知れませんね。

投稿: さいたまおっさん | 2011年3月30日 (水) 09時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/169359/39398373

この記事へのトラックバック一覧です: 東北大震災による岩手県・宮城県の被災地への派遣報告:

« 明日から2泊3日で岩手に行ってきます | トップページ | 「みやぎ支援センター」の立ち上げ、復興支援のイベント開催の具体化 »