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太く長い被災地の復興支援をおこなっていきたいという気持ちが一層強くなりました

 東北地方のブロック紙 河北新報の3月31日付夕刊にも、被災地の障害のある人たちに関連する記事が掲載されていました。良くも悪くも、こうして、障害のある人たちに関連する記事が掲載されるようになってきたことは、被災地が少しずつでも、復興に向けて動き出していることの証であると思います。

 今回もリンク切れを考慮して、以下の記事の全文を転載します。

「情」に守られ通所者無事 住民が避難手助け

 

 東日本大震災で壊滅的な被害を受けた仙台市若林区荒浜地区に、通所者全員が無事だった授産施設がある。和菓子や和紙を製造する「まどか荒浜」。施設は津波にのみ込まれたが、地区住民にも助けられ、安全な場所に避難することができた。

 社会福祉法人「円」が運営するまどか荒浜は、海岸から約1キロの場所に立つ。震災当日の11日は、軽度から中度の知的障害がある通所者44人が作業に従事し、茶菓を提供するコーナーも営業していた。

 地震発生から間もなく、職員10人が送迎バス3台と自家用車で通所者を近くの七郷小に避難させた。しかし、既に避難者であふれていたため、さらに約400メートル離れた七郷中体育館まで移動しなければならなかった。

 職員によると、体育館に移る際、複数の住民が通所者の車いすを押したり、おぶって運んだりするのを手伝ってくれた。停電で真っ暗な夜間は、不安がる通所者を気遣って声をかける住民もいたという。

 「いたわりや助け合いの心が息づく荒浜の住民に助けられた」と施設長の中村正利さん(78)。多くの住民が地区を離れている状態が続くが、「早く住民に感謝の気持ちを伝えたい」と願う。

 通所者は全員無事だったが、女性職員1人が亡くなった。通所者を誘導後、連絡先を記した張り紙をしようと施設に戻った際に津波に巻き込まれてしまった。

 平屋の施設も鉄骨だけを残して全壊。一部の通所者は現在、太白区の別の授産施設が受け入れているが、大半はガソリン不足で移動できず自宅待機中。施設の再建も含め、事業再開のめどは立っていない。

 それでも、「住民と共に荒浜で再出発したい」と中村さん。人情に厚い地元での再建策を模索している。(武田俊郎)

2011年03月31日木曜日

 利用者の人たちが、地域住民に支えられ、全員無事であったことを喜ぶと同時に、亡くなれた女性職員の方の勇気を讃え、ご冥福をお祈りします。

 危険を冒して、ただ一人、張り紙を貼るために、施設に戻られたのも、利用者のご家族が、「きっと、障害のある人たちの安否を気にするに違いない」という優しい心づかいがあってのことだと思います。

 亡くなれらた女性職員の意思を受け継ぎ、太く長い、復興支援の活動にとりくむことが同じ福祉の現場で働く私たちの使命であるという思いが一層、強まりました。

(天野)

 

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