« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »

2011年1月

欧州のソーシャル・ファームを見本にした新たなとりくみを始めたいと考えた

 昨日(1月30日)は、都内で開催された国際シンポジウムに参加してきました。

 国際交流基金が主催し、日本障害者リハビリテーション協会が協力の国際シンポジウムで、「ソーシャル・ファームを中心とした日本と欧州の連携」をテーマに、ヨーロッパ5ヶ国からシンポジストが参加し、各国のソーシャル・ファームのとりくみが紹介されました。

 ソーシャル・ファームとは、障害者をはじめ、労働市場で不利な立場にある人々の就労の問題にとりくむユニークなビジネスモデルのことで、欧州のソーシャル・ファームによるネットワーク(CEFEC)では、次のように定義づけています。

ソーシャル・ファームとは、

①障害者ないし労働市場において不利な立場にある人々の雇用を創出するためのビジネスである。

②市場指向型の製品・サービスの生産を通じて、社会的使命を果たすビジネスである。(収入全体の50%以上を商取引により得なければならない)

③従業員の多く(30%以上)が、身体障害など労働市場で不利な条件を抱えている人々により構成される。

④全ての従業員に対し、各人の生産性の如何を問わず、仕事に応じて市場相場と同等の適切な賃金ないし給与が支払われる。

⑤障害のある従業員と障害のない従業員との機会均等が保証され、全ての従業員が同等の権利および義務を有する。

  

 海外の福祉や雇用に関する話を耳にすると、私たちは「それって日本で言えば、何にあたるの?」という質問をよく口にします。CEFECの定義を読んで、ソーシャル・ファームの「日本版」として、思い浮かんでくるのは、「障害者多数雇用事業所」「特例子会社」「福祉工場」「就労継続支援事業A型」といったところですが、日本の法律や制度に基づき、設置されているこれらの事業とは、少し(否、かなり!)違うもののようです。

 1970年代にイタリア北部のトリエスタで生まれたソーシャル・ファーム(イタリアでは、「ソーシャル・コーポラティブ」)は、イタリアの精神医療制度の大改革(精神病院を全廃する)を進める中で、精神病院のスタッフと患者が一緒になって、地域で働く場をつくりだしたことが始まりです。この運動はまたたく間にイタリア全土に広がり、その後、更に欧州諸国にも広まり、現在ではヨーロッパ全体で少なくとも4,000社以上のソーシャル・ファームが存在していると言われています。(1万社以上という報告もありますが、これはおそらく、もう少し定義の範囲を広げたソーシャル・エンタープライズ全体の数ではないかと思います)

 一口にソーシャル・ファームといっても、国によって、根拠となる法律や政府等による支援策にもそれぞれ違いがあるようですが、各国に共通する考え方は、「社会から排除されたり、社会から孤立しがちな人たちを、労働参加(働くこと)を通して、社会の一員として認め、迎え入れること」を目標としており、その背景には欧州ならではの高い人権意識(思想)があるように思います。

 ソーシャル・ファームの「日本版」として、最初に一瞬、頭をよぎった日本に「今あるもの」と、欧州のソーシャル・ファームとの大きな違いはきっとその辺りにあるのだと思います。たとえば、CEFECの定義の④や⑤にある考え方が、果たして、現状の日本の障害者雇用や福祉施設で実現できているかと言えば、やはり、それについては「NO」と言わざるを得ません。

 とは言え、今回、来日されたシンポジストの方が、日本のとりくみを視察した上で、名前を挙げていらっしゃった大阪府箕面市の障害者事業所のとりくみや、国内シンポジストとして参加された方の北海道新得や東京豊島区などで、欧州のソーシャル・ファームにより近いとりくみも芽生えています。

 今はまだ、地方自治体や個人・団体の努力・善意に委ねられている、こうしたとりくみを今後、わが国の法律や制度にどう形づけていくかが大きな課題であると思います。

 シンポジウムに先立ち、基調講演をおこなった炭谷茂氏(ソーシャルファームジャパン理事長/恩賜財団済生会理事長/学習院大学法学部特別客員教授)は、ソーシャル・ファームは、公的な職場(社会的な目的のため、税金が投入されて作られる職場=たとえば、授産施設など)でもなく、一般企業でもない、「第3の職場」として、ソーシャル・ファームが必要であるというお話をされていました。

 障害のある人たちにとって、「福祉か雇用か」といった二者択一の選択を常に迫られる現状にあっては、福祉でも雇用でもない「第3の職場」を過渡的に創りだす必要があるという意味では、炭谷氏の考え方に異論はありません。しかし、それは、あくまでも過渡的な存在意義を認めるものであって、やがては、ソーシャル・ファームそのものがまったく当たり前の存在になるよう、社会そのものが変わっていかなければならないと思います。

  

 先進諸国の話を聞いて、「それはすごい!」「でも、やはり、今の日本ではどう考えても難しい」で終わってしまってはいけないと思います。「じゃあ、自分たちは何をするか」「何から始めるか」ということにつなげていくことがとても大事であると思います。

 欧州のソーシャル・ファームは、対象を障害者に限定するのではなく、労働市場において不利な立場にある人(ホームレスや長期失業中の人、罪を犯した人、虐待を受けた女性、引きこもりやニートの人、高齢者やシングルマザーなど)すべてに広げています。また、イタリアの「ル・マット・ホテル」のように、「不利な立場にある人」を雇用することによって、より質の高いサービスが提供できるという「逆転の発想」に基づく、ソーシャル・フランチャイズ・システムを築き、ネットワークを拡大している事例もあります。そして、何よりも、こうして、労働市場において「不利な立場にある人」がソーシャル・ファームで働くことによって、投資以上の利益(政府にとっては、社会保障費の削減)を生み出しているという事実があります。

 年度末を迎え、ウィズ町田としても、次年度の事業計画を立案する時期に入っています。先日、開催された法人理事会では、理事長としてひとつの提案をしました。

 「法人のめざすものとして、『ディーセント・ライフの実現』を掲げた法人の使命として、また、就労支援に積極的にとりくむ法人の姿勢として、法人職員に占める障害者職員の法人独自の実雇用率を5%に定め、障害者雇用の促進を図る」というものです。嬉しいことに、理事会では、全会一致で、この方針が認められました。次年度の本部事業計画に、早速、盛り込むつもりでいます。

 これに加えて、もうひとつ重点事業として、考えていきたいのが、今回、勉強してきた欧州のソーシャル・ファームを見本とする事業所の設置準備です。もちろん、まだまだ細部をきちんと詰めていかねばなりませんが、これまでぼんやりと霞んでしか見えていなかった新たな事業の輪郭が、ようやくはっきりと見えてきたような気がします。

 たとえ、今はぴったりと当てはまる制度や法律がなくても、今ある制度や法律を最大限に活用しながら、協力者を広げ、みんなで知恵を出し合うことで、新しい何かをつくりだすことができる。そして、それが本当に素晴らしいものであれば、制度や法律は必ず、後からついてくる。いくら、「それは楽観的すぎるよ」と、言われようが、やっぱり、動き出さないことには何も始まらない(変わらない)気がします。

 福祉の狭い世界に閉じこもっていないで、外の新鮮な空気に触れてみることの大切さを改めて、感じた国際シンポジウムでした。

(天野)

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

町田市役所 国民年金係窓口のとっても温かな対応

 昨日(1月25日)、登録者のMくんに同行して、市役所・国民年金係の窓口を訪ねました。

 3年前に、一緒に暮らしていたお母様が亡くなり、その後は、生活保護を受給し、アパートを借り、一人で暮らしています。小さい頃から、どこか周囲との違和感を感じていたようですが、当時はまだ、「発達障害」という概念は一般的ではなく、どこに相談に行けばよいか、どんな制度や支援があるのかも知らないまま、家族が必死になって、本人の暮らしを支えてきました。

 「らいむ」の支援を受け、一昨年の秋に就職。トライアル雇用を経たのち、昨年の1月から正式雇用となり、年明けとともに就労継続1年になりました。この間、小さなトラブルは、いくつかありましたが、真面目な仕事ぶりを評価され、1月からは、月給制で給料をいただけることになりました。

 収入が安定することを機に、生活保護から脱却して、自活したい。しかし、現在の収入だけでは、生活することが難しいので、可能であれば、障害(基礎)年金を受給し、年金と給料を合わせて生活したい。

 そのために、障害年金の受給の可能性について相談するというのが、窓口を訪ねた目的でした。

 結果的には、障害者手帳(精神障害者保健福祉手帳)を取得するために、受診した病院が、初診となり、その前の期間に国民年金の未納期間があるため、障害年金の請求要件を満たしていないことが判明しました。(したがって、現段階では、年金受給の可能性がないということです)

 けっして生活保護を奨励するわけではないでしょうが、「働いて、自活したい」という人に、「生活保護は受けられますが、障害年金は受けられません」という現行制度には矛盾を感じざるを得ません。

 普通なら、多分、そこで終わってしまうことが殆どでしょうが、窓口で対応してくださった職員さんは違いました。

 「働いて、自活したい」というMくんの気持ちをしっかりとくみとったうえで、「失礼ですが、障害を負ったのは、20歳以前ですよね」と声をかけてくださいました。

 窓口の職員さんが疑問を持たれた通り、Mくんの発達障害は生まれながらの障害です。しかし、Mくんが小さかった頃には、先述したとおり、まだ、「発達障害」の概念はなく、制度の狭間の中で、個人的な努力を強いられ、ずっと暮らしてきました。

 「らいむ」に登録後に、就職のために障害者手帳を取得しようということになりましたが、東京都の基準では、知的障害者の手帳は取得できず、次善の策として、精神障害者保健福祉手帳を取得しました。手帳取得のために精神科のクリニックを受診した日が、障害認定の基準日になってしまうため、前期のような結果に至ってしまったわけです。

 「もし、20歳以前の障害であれば、小さい頃に発達の遅れ等の相談で受診した病院の初診証明が取れれば、年金請求をかけることが可能です」「病院にかかったことがなければ、母子手帳や、小中学校の通信簿の記録などが、障害のあったことを示す証明になる場合もあります」と、親身になって、次の取り組み方を考えてくださいました。

 さらに、就労後、厚生年金を支払っていることにも触れ、「障害年金とは別に、年をとってからもらえる老齢年金のあること。老齢年金を受給するためには、300ヶ月(25年間)の加入期間が必要であること」を丁寧に説明してくださったうえで、「働いて、自活したいという気持ちが素晴らしい」「今のお仕事をできるだけ長く続けられるようにがんばってください」と、Mくんに励ましの声をかけてくださいました。

 励ましを受けて、「老齢年金を受けるためには、1年働いたから、後24年間働かなければならない(実際は、全額免除期間が30ヶ月あるので、もう少し短縮される)」「今、34歳だから、最低58歳までは働かなければならない」「(自分の上司の)●●さんは、再雇用で勤めて、今、63歳だから、●●さんを目標にして、自分もがんばりたい」と、Mくんの働くことへの意欲も一層、高まったようです。

 障害のある人にとって、年金の窓口は、福祉の窓口の次に訪れる機会が多い窓口です。一方、年金の制度は、障害のない人にとっても複雑でわかりにくく、難しい法律用語を並べ立てられ、「受給できません」と言われてしまえば、何も言い返せなくなってしまう人が殆どです。

 今回、窓口で対応してくださった職員さんのように、たとえ、今の制度では難しくても、本人の「大変さ」を理解し、「思い」を共感し、一緒になって次善策を考えてくださる。更に、本人に元気を与えてくださる方がいると、本当にありがたく思います。

 市役所の業務は、ある面、「究極のサービス業」とも言えます。サービス業で一番大切なものは「ホスピタリティ」の心です。自分が住む市に、そのような市役所の職員さんのいることをとても嬉しく思い、ほっこり温かい気分で、Mくんと一緒に帰ってきました。

 「58歳まで(更に定年まで)働き続けるためには、健康であることが最低条件。そのためには、まずは食生活を改善していこう」という「らいむ」職員の声かけに、いつもより、ずっと素直にうなづくMくんでした。

(天野)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「就労支援の仕事をしたい!」という方を募集中です

 成人の日の祝日は、本厚木にある店舗のバックヤードで働いているOさんから電話。「店長さんが明日で異動になってしまう」「新しい店長さんも今日は来ているので訪問してほしい」という依頼。

 実は、この日は、美容院から成人式に直行した上の娘の晴れ着姿を見ようと予定を入れないでいたのですが、「まぁ、仕方ないか!」とあきらめて、職場訪問に向かいました。

 発達障害のあるOさんが、就職したのは一昨年の9月。早いものでもう1年3カ月経ちました。思えば、私にとって初めての、ジョブコーチ支援の対象になった人がOさんです。

 職業センターの配置型ジョブコーチの方とペアを組んで、直接、職場の中でOさんの支援に当たる一方で、発達障害の人を雇用した経験のない職場の方に、障害特性やOさんの特徴を伝えるサポートブックなどを準備して、職場全体でOさんを支えていただくナチュラルサポートの形成をめざして、職場訪問に通いました。

 最初のころは、うまく自分の気持ちを伝えたり、分からないことを質問したりすることができずに、すぐに不安になったり、落ち込んでいたりしたOさんですが、職場の方々と、同じ時間を重ねるうちに、徐々に、自信がついて、落ち着いて作業にとりくめるようになりました。

 職場の人たちも、Oさんの個性をしっかりとつかんで、Oさんが不安になりそうな時には、さりげなく声をかけたり、励ましたりしてくださっています。

 名古屋に転勤する店長、新しく就任される店長ともお話させていただきました。旧店長は、本人が不安にならないように、早くから、異動のあることを本人に伝えるとともに、新店長にもしっかりと引き継ぎの申し送りをしてくださっています。来意を告げると、Oさんが安心できるようにと、Oさんのいるバックヤードにわざわざふたりで足を運んでくださり、Oさんの前で私を交えて、「しっかりと申し送りができているから心配しなくても大丈夫!」とお話をしてくださいました。

 おかげで、Oさんもほっとしたのか、不安そうな表情が消え、笑顔が戻ってきました。

 自分から困ったときや、不安になりそうなときに、支援者にSOSの発信ができるようになったこともOさんの大きな成長だと思います。

 訪問を終え、自宅に戻ったときには、娘は、もう着物を脱いで、同窓会に出かけた後でした。残念ですが、晴れ着姿は写真で、じっくり眺めることにします。

 サービス業に就職した人が多く、結構、こんな感じで、土日や祝日にも職場訪問などの仕事が入ってくることが多い「就労支援センターらいむ」の職場ですが、現在、新しい職員を募集中です。

 大変なことは大変ですが、たくさんの人や職場と出会えることや、これまで自分がまったく知らなかった考え方や世界に触れられる楽しみがあります。就労支援の仕事をぜひ、やってみたいという方がいらっしゃいましたら、どうぞ、奮ってご応募ください。

 求人内容については、下記をクリックして、ご確認ください。

 「raimu_kyujin.doc」をダウンロード

 

 なお、今回の求人はハローワークの紹介で受け付けております。ご応募される方は、最寄りのハローワークで正式な求人票をご確認の上、ハローワークで紹介状をいただいてください。(ハローワークで閲覧する際の求人番号は、

13190-216511 になりますので、よろしくお願いします。

(天野)

 ※本記事の求人は、採用者が決定したため、現在(平成23年2月16日)は、募集しておりません。

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

町田市が募集するパブリックコメントに意見を提出しましょう!

 「第4次町田市障がい者計画素案」に対するパブリックコメントの募集が本日1月11日から始まりました。(募集期間は2月4日まで)

 本日発行の「広報まちだ」にも、案内が掲載されていますが、町田市のホームページのトップページ中央の「市政情報」→右「パブリックコメント」→「現在、実施されているパブリックコメント」→「第4次町田市障がい者計画素案への意見募集」で、案内ページを閲覧することができます。

 素案自体はPDFで、わずか28頁のボリュームですから簡単に読むことができるものですが、今回策定されるこの「計画」は、2011年4月から2016年3月までの5年間を期間とする、いわばポスト自立支援法の新たな時代を迎えるにあたって、重大な意味を持つものです。

 私は早速、「らいむ」の事業と直接、関係する「働くこと・日中活動への支援」の分野についての意見をまとめて、提出しました。意見の提出は市内に在住・在勤の方であれば、どなたでも(個人でも団体でも)可能です。ぜひ、皆さんもご意見をお寄せになってみてはいかがでしょうか?

 「町田市障がい者計画」は、「障害者基本法」に基づく「市町村障害者計画」で、対象を福祉施策に限定しない総合的・基本的な障害者施策の方向性を示すものとなっているため、理念目標的な色合いが強く、具体的な数値目標等の記載はありません。(障害者の福祉サービスに関わる具体的な数値目標については、1年遅れで策定となる「町田市障がい福祉事業計画」≪こちらは「障害者自立支援法」に基づく「市町村障害福祉計画」≫で示されることになります) 

 ですから、ご意見をお寄せになる際は、あまり具体的な数値や施策にこだわる必要はありません。「私は、こんな障害者(福祉)施策の未来を願っている」「こんな夢をぜひかなえたい」といった思いをストレートに伝えることが良いと思います。

 素案そのものは、理念目標としては、十分なレベルのものであると思いますから、賛意を伝えることや、分かりにくい語句について説明を求めるようなコメントであっても良いと思います。

 何よりも大切なことは、計画の策定にあたって、多くの市民が大きな関心を寄せていることを町田市に知っていただくことだと思います。同時にパブリックコメントの募集をおこなっている計画が他に4つあります。(1つは、「第2次町田市地域福祉計画素案」に対するもので同じ福祉分野です) その中で一番、そして、過去のパブリックコメント募集の中でも一番、コメントが多かったという実績をつくることが、市民の関心の高さの指標になると思います。

 黙っていては何も動きだしません。良いなら良いと声をあげることで、計画策定に携わっている行政や推進協議会の方たちも、一層、自信を深めて計画策定に取り組んでくださることでしょう。悪いなら悪いと指摘することで、次の議論が始まるにちがいありません。

 とにかく「無関心」でいることが一番いけないことだと思います。このブログをご覧になってくださっている町田市在住・在勤の皆さんが、いっしょにアクションを起してくださることを強く願っています。(市外の方も、ぜひ、ご自身がお住まいの自治体の動きにしっかりと関心を寄せてください)

 今日は、ちょっと偉そうなことを書いてしまいました。ごめんなさい!

(天野)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カツとマツの「男気」満タンのマッチアップが待ち遠しい

 世間では、三連休の中日ですが、昨年からずっと引きずっている原稿書きの仕事に、昨日、今日の二日間を取られてしまいました。それでも、何とか完成したので、ようやく一息ついているところです。

 ゼルビアと同じく準加盟でJリーグ入りをめざすJFLの松本山雅FCに、前横浜F・マリノスの松田直樹選手入団の知らせが飛び込んできました。松本山雅のホームページによると、明日、東京で正式に入団記者会見が単独で開かれるということです。

 私がマリノスで一番好きだった選手が、実は、この松田選手です。高卒ルーキーとして、1995年にマリノスに入団。96年のアトランタ、2000年のシドニーではオリンピック代表。トルシエジャパンでベスト16に進出した2002年日韓ワールドカップでは、不動の代表メンバー。2003年、2004年のマリノスのJ1連続優勝の際の中心選手。時に熱くなりすぎてしまって、イエローをもらうことも多かったけれど、15年間「ミスターマリノス」として君臨して、サポーターの心を引きつけてやまなかった選手です。ゲームの中では「暴れん坊」でも、ゲームが終われば、サポーターを誰よりも大切にする選手でした。

 何年か前、あまり調子が良くなったマリノスが、久しぶりに勝利をおさめた三ッ沢のゲームの後、出待ちしていると、自分から私の方に駆け寄ってきて、興奮覚めやらない様子で「今日はやっと勝ちました。応援ありがとうございました」と、握手を求めてきてくれました。ゲームの余韻が残る少し汗ばんだ熱い手の印象が残っています。

 Matsu

 

 昨年末のマリノスの突然の「戦力外通告」には、多くのマリノスサポーターが憤りを感じました。松田選手だけではなく、河合選手や山瀬選手、坂田選手といったマリノスを支えてきた選手たちもほぼ同時に「戦力外通告」を受けたのですから、尚更です。

 その一方で、意気に感じる男だから、もしかして、去年の木島選手のように、「俺がJに連れて行ってやる」と、ゼルビアに入団してくれないかな?なんて微かな期待を抱いていたのですが、当たらずも遠からじといった感じでの、松本山雅への電撃入団が決まりました。マツのことだから、絶対に「俺が、山雅をJに連れていく!」と、もう固い決意を抱いているはずです。

 去年は、何とか2勝できた松本山雅ですが、今年はもうまったく油断できないチームに生まれ変わりそうです。昨年、ぶっちぎりのJFL優勝でJ加盟を果たした鳥取が、服部選手の加盟で一皮剥けた以上の効果があるのではないでしょうか? JFL屈指の熱い応援を繰り広げる松本サポーターの声援にマツが奮起しないわけがない。

 間違いなくJのクラブから声がかかっていたであろうはずなのに、ゼルビア残留を決意してくれた勝又選手と、松田選手との「男気」がぶつかりあうマッチアップが今から楽しみで仕方なくなってきました。(野津田のホームには、きっと、マツの雄姿を観に、マリノスサポーターも大挙してくるだろうから、ゼルビアも心してかからないと完全にホームジャックされてしまうかもしれません。)

 3月の開幕が本当に楽しみです。

(天野)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「いつも他から何かをしてもらう福祉」ではなく、「地域に何かしら貢献できる福祉」をめざして

 シーズン中には、福祉関係の記事よりも、サッカーとりわけ「FC町田ゼルビア」の記事が多くなってしまう当ブログです。

 でも、自分の中では、「夢の実現をめざす」という共通点で、福祉の活動とゼルビアの応援がまったく違和感なく結びついてしまっています。

 残念ながら、昨シーズンは、あと一歩のところで、夢を逃してしまったゼルビアですが、きっと、今シーズンは、ポポビッチ新体制の下、これまで以上の夢と感動を多くの人に与えてくれるものと信じています。

 昨シーズンの終盤から、ゼルビアを応援する有志の人たちが、「町田ゼルビアを支える会」を結成し、署名活動にとりくまれています。署名といえば、私たち福祉関係者にとっては、普段からなじみ深いとりくみ(運動)です。何か、少しでもお手伝いできることはないかと考え、昨年末に発行したウィズ町田の広報紙『With』36号に、ゼルビアの署名への協力を呼び掛ける記事を掲載させていただきました。

 発行部数で、約4000部の、小さな1社会福祉法人の広報紙なので、いかほどの効果があるかわかりませんが、サッカーフアンの方はもとより、多くの福祉関係の方々にご理解とご協力をいただけることを願っています。

(以下、掲載記事の転載)

「いつも他から何かをしてもらう福祉」ではなく「地域に何かしら貢献できる福祉」をめざして

「町田ゼルビアを支える会」の署名へのご協力をお願いします。

 ウィズ町田が運営する「スワンカフェ&ベーカリー町田店」(以下、「スワン」)は、2009年シーズンから、町田からJリーグ入りをめざす地域のサッカーチーム「FC町田ゼルビア」(JFL=日本サッカーリーグ所属、以下、「ゼルビア」)を応援させていただいております。2010年は、チームの「地域感謝チケットパートナー」として、ホームゲームチケットを地域の皆様にお配りさせていただき、地域の皆様とご一緒に「ゼルビア」を応援してまいりました。

 今シーズン、「ゼルビア」はJFLで、第3位の好成績を修め、ホームゲームには平均3500人を超えるサポーターが観戦に訪れました。今季チーム得点リーグトップの「ゼルビア」の攻撃的なサッカーと並んで、お客様にとって魅力的なのが、ホームゲーム開催時に登場する「ゼルビア屋台村」。スワンも昨シーズン(2009年)から、この「屋台村」に出店させていただき、大変好評をいただいております。

 「福祉のお店が、サッカーチームのスポンサーになるなんて!?」と、驚かれる方もいらっしゃるかもしれません。でも、「スワン」は、ホームゲームに出店させていただくことで、売上を伸ばし、知名度を高めることができます。「ゼルビア」も、「地域感謝チケット」を通じて、観客数を伸ばすことができます。お互いにWIN-WINの関係が築けるのです。

 今季は、成績面でも(JFL4位以内)、観客動員数(1試合平均3000名以上)でも、Jリーグ加盟の条件をクリアした「ゼルビア」ですが、ホームスタジアムとなる「町田市陸上競技場」がJリーグの基準を満たさないということで、来季(2011年)からのJリーグ加盟の夢が断たれてしまいました。

 現在、「ゼルビア」を応援する市民の有志が、「町田ゼルビアを支える会」を結成し、Jリーグ加盟に必要な支援(Jリーグ基準に応じたスタジアムの改修など)を町田市に求める署名活動をおこなっています。「スワン」では、この署名用紙の回収ボックスを店舗に設置するとともに、ご来店くださるお客様に署名のご協力を呼びかけております。

 「いつも他から何かをしてもらう福祉」ではなく、「地域に何かしら貢献できる福祉」をめざしたいというのが「スワン」のコンセプトであり、ウィズ町田全体にも共通する思いです。

 「スワン」が「ゼルビア」を応援するのと同様に、下の記事(※「ゼルビア」公式ホームページの「ゼルビア屋台村へ、ようこそ」のページにある記事=省略)にあるように「ゼルビア」も「スワン」を応援してくださっています。だからこそ、「スワン」も「ゼルビア」のJリーグ加盟の夢を叶えるためのささやかなお手伝いをさせていただきたいと思っております。

 つきましては、ウィズ町田の広報紙をお読みいただいている皆様にも、ぜひ、本署名へのご理解とご協力をお願い申し上げます。

 ご記入いただいた署名用紙は、「スワン」の回収ボックスにお持ちいただくか、ウィズ町田関係各事業所の職員にお渡しください。なお、遠方にお住まいの方にはご負担をおかけしてしまいますが、「スワン」まで、ご郵送いただけますようお願い申し上げます。

 2011年3月に開幕する来シーズンも、引き続き、「スワン」はホームゲーム開催時の「屋台村」に出店させていただきたいと考えております。来シーズンは、ぜひ一度、「スワン」のパンを齧りながらの、「ゼルビア」の応援においでいただけますようお願い申し上げます。

スワンカフェ&ベーカリー町田店店長 守屋良治

社会福祉法人ウィズ町田理事長 天野貴彦

(以上、転載)

 署名活動の詳細については、「町田ゼルビアを支える会」さんの下記URLをご覧になってください。

http://jdreammachida.blog118.fc2.com/

 皆様のご理解とご協力を何卒よろしくお願い申し上げます。

(天野)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

マドンナの来訪に発奮した「みおん」の住人たち

「らいむ」も,、昨日(4日)から仕事始め。

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

昨夜は、「みおん」で宿直。

入居者の人たちには、前からお知らせしていたとおり、部屋の片づき具合のチェック。日頃から、「部屋はきれいに!」と口を酸っぱくして言ってはいるが、おじさんやおばさんたちの言葉にはあまり耳を傾けようとしない「みおん」の住人たち。人によっては、それはもう足の踏み場もないほどに散らかっているわけで…。(まぁ、独身男性の部屋ということではいたしかたないところもあるが…)

そこで、今回は、おじさん、おばさんたちもよ~く考えた。

チェック係を若い女性にすれば、きっと、男ばかりの「みおん」の住人たちの意識も変わるはずだと…。

2週間ほど前に、「今度、1月4日に、らいむの田中さんに来てもらって、みんなの部屋(の片付き具合)をチェックしてもらう!」と、宣告したところ、「え~っ!」「困る~!」という声も一度は上がったが、そこは現金なもの。若い女性が来るということに心を奪われ、「よし、きれいに片づけて、お褒めの言葉をいただこう!」とばかりに目を輝かせ始めた「みおん」の住人たち。

そして、昨夜。自称「嫌わればばあ」の竹内職員に促され、作成した「部屋掃除チェック表」(普段から、ジョブコーチで鍛えているので、この手のチェック表作成はお手の物)を持参したマドンナ田中が登場。不安と期待の入り混じった気持ちでマドンナをお迎えした「みおん」の住人たち。

世話人の方から聞くと、夕方頃から、みんな非常にそわそわして、掃除機を借りに来る人、自分の部屋からごみ袋を持って、共有スペースに現れる人と、普段はまったく見られない光景が見られたとのこと。

「やばいもの(その手のDVDとか本)はちゃんと隠したのか?」という天野の問いかけに、慌てて、部屋に戻る人なんかもいて、なんだか、すごい高揚感が漂っている。

「今日は床(フローリング)を雑巾がけしました」という、最年少のSくんの部屋からチェックがスタート。他の部屋の様子に興味津津な住人たち数名を従えたマドンナの巡回は、さながら院長先生のご回診といった様相。

「クローゼットの引き出しと押入れの中だけは絶対に見ないように頼んでください」と、直前になって泣き言を入れてきたのはOくん。普段から一番散らかっている部屋の住人だが、今回は彼なりに相当がんばったようなので、今回限りは「武士の情け」ということで、要求を飲むことを伝えるとほっとした様子。

「タヌキ寝入り」で、チェックをパスしようとしていたIくんも、「嫌わればばあ」に、鍵を開けられると観念したのか、素直に「査察」を受け入れた。(本当は、見てほしいのに恥ずかしいといった感じだったらしい)

見学者の多いグループホーム。かと言って、やたらと個人の部屋を見せるわけにはいかないというジレンマを解決するために、「モデルルーム契約」(家賃を割引する代わりに、見学者が来た時には、不在の場合でも部屋を見せても構わないという契約)をしているKくんの部屋は、さすがにきれい。(見学者の方からは、「きれいに片付いていますね」というも称賛をいただくが、Kくんの部屋以外は、普段すごいことになっているのは言うまでもないこと)

1時間以上に及んだ各部屋のチェックが終了したところで、食堂に集まり、マドンナより講評を受ける。「前回、ちらっと覗かせていただいたときに比べて、本当にきれいになっているのに驚きました」「今回は全員、合格です」という言葉に、にっこりと笑顔を交わす「みおん」の住人たち。

予想を上回る「マドンナ効果」に、にんまりと顔を見合わせるおじさんとおばさん。しかし、ここが手綱の締め時と一言添えておくことにした。

「これからも、月に1回、田中さんに来てもらって各部屋をチェックしてもらうので、気を抜かず、部屋をきれいにしておくこと」「それぞれ、今日、指摘された改善個所については、特に念入りに掃除すること!」

すかさず、「嫌わればばあ」」から、「トイレ掃除がまだ足りない」「明日、100金(100円ショップ)で、トイレ掃除の用具を揃えて、全員に配布するので、トイレ掃除をしっかりすること」と追い打ちをかける。

ムチばかりでは、かわいそうなので、少しばかりアメもまいておく。

「今日は全員合格で良かった。このまま、あと3回、全員、合格の月が続いたら、ご褒美にカラオケ屋で歌い放題、食べ放題、飲み放題のパーティーを開催!」

これを聞いた住人たちのモチベーションが再び上がったことは言うまでもない。

各部屋にトイレ、浴室がついている独立型のグループホームであり、それぞれの休日や通勤時間が大きく違うこともあって、食事の時間なども比較的、自由な「みおん」。門限も「まぁ、日の変わらないうちに帰ってくればいいや」といった感じで、基本的な日常生活は各自の自主性に委ねている。とは言え、共同生活の場であることには変わりはなく、プライバシーの尊重と最低限の管理との兼ね合いが非常に難しいところだ。

ガチガチに締め付けるのではなく、「楽しい!」と感じながら、自発的に生活を改善していけるような「仕掛けづくり」が必要になってくる。その意味では、今回の「マドンナ作戦」はまずまずの成功かな?

次回も、みんなの奮闘に期待したい。

ところで、「俺もやる時は、やるんです!」と胸を張っていたOくん、が、その実態は、とにかくなんでもかんでも、慌てて押し入れに詰め込んだにちがいない。次回のチェックでは、押入れの中も当然、チェック対象になるので、そのつもりでいてね!

(天野)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

オーケストラの指揮者をめざして努力します

新年あけましておめでとうございます。

2011年、最初の仕事は「みおん」での宿直となりました。

2010年4月に開設したグループホームみおんは、現在、6名の入居者の人が生活しています。3名の人は、年末年始、実家等に戻っていますが、3名の人がグループホームで新年を迎えました。

今朝は、大晦日の夜に宿直だった竹内職員といっしょに早起きして、みんなで初日の出を拝みに行ってきたということでした。

食品工場で働いているNくんは、その後、今日も出勤。Nくんに限らず、年末年始も休まず働いている人がたくさんいます。明日2日も出勤の予定。大変です。

この春には、ウィズ町田で2つ目のホームが開設します。今度は、みおんに比べて、障害の重い人を受け入れるケアホームを予定しているので、来年のお正月は、更に大変になるのでしょうか? ちょっと不安です。

昨年、これから先、法人全体でとりくむテーマとして、「ディーセント・ライフの実現」を掲げたウィズ町田。まだまだ方向性が見えきれていない部分も多々ありますが、法人の理事長として、「やりたい」「やらなければならない」と考えていることもたくさんあります。

ドラッカーがこんなことを言っています。

「明日の組織のモデルは、オーケストラである。250人の団員はそれぞれが専門家である。それも極めつけの専門家である。しかし、チューバだけでは音楽を演奏できない。演奏するのはオーケストラである。オーケストラは、250人の団員全員が同じ楽譜をもって演奏する。」(『ポスト資本主義社会』)

「ディーセント・ライフの実現」という見た目も立派な楽譜を持っているだけではだめ。「ウィズ町田というオーケストラ」の団員一人ひとりが、その楽譜を読みこなし、それぞれの担当する楽器を演奏できる技量がなければだめ。そのうえで、オーケストラを指揮する「指揮者」がいなければ、人のこころを動かす音楽にはなりえない。

自分自身の力量を省みずに言えば、つまるところは、理事長=指揮者にならねばならないのだと思います。

法人としても10年の節目を迎える今年は、自分自身、指揮者の役割を少しでもこなせるように努力してみたいと思います。

年頭に大風呂敷を広げ過ぎてしまった感もありますが、どうぞ、本年も社会福祉法人ウィズ町田の各事業・活動にご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げます。

社会福祉法人ウィズ町田 理事長 天野 貴彦

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »