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2010年9月

今年度の「らいむ」の新規就職者の半数が、ゼルビアのゲームを観戦している!?

 3連休の2日目ということですが、宿直明けの「みおん」に居ます。ここ数週間、ジョブコーチや研修などで、猛暑の中をあちこちと、飛び回る日が続いていたので、かなりへばりました。極めつけは、PCのデータを飛ばしてしまったこと。辛うじて、フラッシュメモリに残っていたデータを使って、松江での講演もなんとか乗り切れたので、もう気持ちを切り替えて、いくしかありません。気候も良くなり、「みおん」のPCはサクサク動いてくれるので、前向きな気持ちを後押ししてくれます。

 先週17日の金曜日に、Aさんの就職が決まりました。(今年度11人目の就職決定者です)

 昨年春まで、市内にあった就労移行支援事業所に通所していましたが、利用期限まで1年残したところで、その事業所が閉鎖されることになりました。障害者自立支援法の施行で、介護保険の事業と同じように、民間企業にも障害者施設を経営する門戸が開かれました。

 Aさんの通所していた事業所は、民間企業が初めて開設する就労移行支援事業所として、鳴り物入りでスタートしましたが、親会社の経営が悪化したことで、開設わずか1年で事業打ち切りという結果になりました。就職をめざして、この事業所を利用していた障害のある人たち、そこで働いていた職員の人たちにとっては、突然の事業所閉鎖は、どれほどショッキングな出来事だったことでしょう? 無責任に事業を始め、勝手な都合で撤退した企業や、それを許した行政の責任は重大です。あなたたちがひどく傷つけてしまった人たちの心を少しでも思いやる気持ちを持ってほしいと思います。

 それから1年半、Aさんは地道にコツコツと就職活動を続けてきました。横浜市内の共同作業所に通所する傍ら、定期的に「らいむ」に通い、就職に必要なスキルを身につけるために公的な職業訓練も受講しました。ハローワークで求人検索をおこない、紹介を受けて、履歴書を送ったり、面接を受けた企業も、数えきれないくらいです。

 今回、Aさんが就職につながった要因はいくつかあるように思います。これから、就職をめざす人たち、特にAさんと同じように、心の病を抱える人たちのために、少し、ここでその要因を振り返ってみたいと思います。

 第1は、就職に向けての準備を、丁寧に、時間をかけて積み重ねてきたことです。

 Aさんは、学校を卒業して、働き始めた頃に発病しています。最初に勤めた会社を半年で辞め、その次に勤めた会社もまた半年で退職しています。その後、数年間は、症状が安定せず、アルバイトを始めては、辞めるということを繰り返していました。

 30歳を過ぎて、「このままではいけない」と考え、「まずは、自分の病気としっかり向き合い、症状を安定させることに重点を置くこと」にしました。アルバイトすることを止め、通院、服薬管理を徹底しながら、作業所やデイケアに通いました。通所日や通所時間を、段階的に増やしていく中で、少しずつ、自信をつけていきました。同時に、自分の症状を自覚し、コントロールしていくこと。自分の得意なことや苦手なことを知り、「どんな仕事やどんな働き方が一番自分に合っているか」ということをしっかりと考えてきました。

 ここ1年の就職活動の中では、「自分が職場で働いている姿」をしっかりとイメージできるようになってきたと思います。「どこでもいいから就職したい。働きたい」ではなく、「自分に合った職場、自分に合った仕事で長く働き続けたい」。そのために、少し回り道をしてでも、就職に必要なスキルを身につけていくことが大事と考え、3ヶ月ずつ2つの職業訓練を受けています。

 屋根に飛び上がることはできません。屋根に上がるには、梯子をかけて、一段ずつのぼっていかねばなりません。目標とする屋根までの高さを考え、それに見合う梯子を「自分で」準備して、「自分の足で」一段ずつ、のぼってきたのがAさんです。

 第2は、失敗しても、失敗から何かを学ぶこと。そして、絶対にあきらめない気持ち(モチベーション)を保ち、挑戦を続けてきたことです。

 Aさんの今回の就職までの道のりは、決して「順風満帆」ではありませんでした。精神障害がある人に対する理解はまだまだ不十分で、何通も応募書類を送っても、面接まで漕ぎつけた企業はわずかです。現場の人たちからは高い評価を受け、採用直前までいきながら、最後の最後で本社の人事が「精神の人はちょっと…」ということで、ダメになってしまったケースもありました。

 当然、落ち込みます。愚痴のひとつもこぼしたくなるし、うまくいかないのは全部、病気のせい、障害のせい、病気や障害を理解してくれない会社や世間のせいにしたくなります。もちろん、そういった「せい」もたくさんあるに違いありませんが、もしかすると、自分に足りなかったことがあったのかもしれません。

 Aさんの場合は、失敗の度に、その「もしかすると…」の部分を真剣に降り返っていました。意見を求められて、「あなたの話は回りくどい。結論から、もっと簡潔に話すべき」「いつまでもクヨクヨこだわらない」「就職するのは、天野じゃなくて、あなただから、自分で決めなさい」等、厳しいことも何度も言いました。きっと、相当にへこんだこともあったはずですが、最後には、必ず、自分なりの「答え」を見つけ、次の挑戦に向けての改善を図ってきたことが、Aさんの良いところです。

 前にも書いたことがありますが、100回挑戦してダメで、「もう100回も挑戦したのに結果が出ないからダメだ」と、あきらめてしまっては、そこでおしまいです。もしかすると、101回目の挑戦でうまくいくかもしれないのです。

 哀しいかな正直、就職には「運とタイミング」も大きく作用します。でも、「運」を引き寄せるのは、「絶対にあきらめない!」という気持ちなのです。

 第3は、報告や相談を欠かさず、周囲の人のサポートを自分の力でコーディネートしてきたことです。

 「らいむ」でのAさんの面談は、多くても月2回程度、通常は月1回のペースでした。必要があれば、面接同行もしますが、ひとりで面接に行ってもらうことが大半でした。(「自分ひとりでは動けない人」という評価をされてしまう場合もあるので、精神障害のある人の場合は、面接段階までは、ひとりで動かれる方が良いと思います。その代わりに、自分の病気や障害などについて詳しく説明する「自己紹介文」を作成し、持参することをお勧めします)

 顔を合わせないでいても、Aさんの就職活動の様子について、「らいむ」では、リアルタイムで把握できていました。週に数回、多い日には1日に何回もAさんから、メールでの報告や相談が入っていました。インターネットの時代でもあり、インターネットやメールを使いこなせるスキルがあれば、その方がお互いに時間の節約にもなります。

 また、文字にすることで、自分の考えや気持ちを客観的に見つめ直すこともできます。時には、うまくいかず、愚痴満載のメールが届くこともありましたが、そんな時でも、最後に必ず、「愚痴ばかりですみません」「これからもよろしくお願いします」と、書き添えてあるのがAさんのメールでした。「らいむ」にメールするのと同じように、通所している作業所の職員さんにもメールを送り、報告と相談をおこなっていました。

 障害のある人の就労を、ひとりの人やひとつの機関が「点」で支えているだけでは脆弱です。より多くの人や機関が「面」や「ネットワーク」で支えていくことが重要です。「報告」や「相談」は、企業で働く際にも、欠かすことのできない基本的なルールであり、スキルです。「報告」や「相談」を受けて、気を悪くする人はいません。「報告」や「相談」をすることで、信頼関係がより深まります。そして、周囲の人を「なんとかAさんを応援したい」という気持ちにさせるのです。

 就職が決まったところで、企業さんの了解を得た上で、Aさんといっしょに企業さんに出向き、ご挨拶と職場見学をさせていただきました。帰り道、居酒屋に立ち寄り、Aさんと祝杯をあげました。

 「(時間はかかったけれど)本当に自分に合った仕事に就けたと思います」「らいむや●●(通所施設)の職員さんの支えがあったからこそ、就職できたのだと思います」と嬉しそうに話すAさんに、「まだ、わからんぞ!」「これから、大ドンデン返しがあるかも?」と毒舌を返しましたが、「まだ、わかりませんか?」「大ドンデン返し!」と言うAさんの目が笑っていました。

 就労支援のt取り組みは、決して就職がゴールではなく、寧ろ、そこからがスタート。Aさんとの信頼関係をこれからも一層深め、サポートしていきたいと思います。

 おっと!、就職につながった大切な要因をひとつ忘れていました。

 第4は、FC町田ゼルビアの試合を観戦することです。

 今年度、就職が決定した11名のうち、半数の人が、今季ゼルビアの試合を観戦しています。Aさんも、もちろん、そのひとりです。これって、かなりの確率じゃないですか? 実際、選手たちからは、「絶対にあきらめない気持ち」をもらっているように思います。

 就職につながる「第1」から「第3」の要因は、ゼルビアが今の厳しい状況を乗り越えて、Jリーグに上がるためにも、きっと必要なことですね。

 10月31日の西が丘の試合には、Aさんも観戦に来るとのことです。Aさんの就職を祝う勝利を期待しています。

(天野)

 

 

 

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「ピンチをチャンスに変える」島根県の障害者就労支援、障害者雇用促進の取り組み

 9月14日、15日の2日間、障害者就労支援と障害者雇用の先進的な取り組みを学ばせていただくために島根県を訪ねました。そこでは、福祉施設と企業、行政と地域が一体となって、ネットワークを築き、素晴らしい取り組みを展開されていました。

 障害者自立支援法が施行されて以来、就労支援(作業所などで働く「福祉的就労」から、企業等で働く「一般就労」への移行促進)が声高に叫ばれていますが、福祉施策と雇用施策が二分化され、相互の連携が希薄な状態に対する手立てについては殆ど何も講じられていないこともあって、めざすべき方向性への歩みは遅々として進んでいないのが現状です。

 新政権の発足後直ちに、自立支援法の廃止が明言され、内閣総理大臣を本部長とする「障がい者制度改革推進本部」のもと、障害当事者や関係者で構成される「推進会議」が設置され、自立支援法に代わる新たな法づくりの検討もスタートしていますが、あくまでも障害者福祉と介護保険制度との統合に執着する厚生労働省の官僚の激しい巻き返しにあい、就労支援や障害者雇用に関する新たな提案や動きも会議発足当初に比べて、トーンダウン、ペースダウンしてしまっているように思えることが心配です。

 「らいむ」が加盟している「きょうされん」でも、自立支援法後の新たな障害者福祉のあり方を検討するために、昨年度から「就労支援部会」を立ち上げ、就労支援と雇用促進の分野で政策提言づくりに取り組んでいます。8月には、大阪府箕面市と滋賀県の社会的事業所の賃金補填の取り組みや奈良県、岐阜県の先進的な施設を回って、勉強してきましたが、今回の島根県への訪問は、その第二弾として、おこなったものです。

 冒頭に挙げたように、福祉施設と企業、行政、地域が一体となっておこなっている数多くの先進的な取り組みの中で、私が一番素晴らしいと感じたのは、松江市にある「ごうきんチャレンジドまつえ」さんの取り組みでした。

 「ごうきんチャレンジドまつえ」さんは、島根県を拠点に、鳥取県や山陽・兵庫地域にネットワークを展開する「山陰合同銀行」が開設した知的障害者が専門的に就労する事業所です。

 設立の趣旨は、①障害者の自立支援と地域社会への貢献と、②障害者雇用の地域におけるモデルづくりの2つを挙げ、取り組みのポイントとして、①慈善事業ではないと、②地域社会全体で取り組めるモデルをつくることを挙げています。

 特に注目したいのは、各②に挙がっている「地域社会全体で取り組めるモデルをつくる」という点です。

 「ごうきんチャレンジドまつえ」の開設をめざす構想段階では、行政や福祉関係者、障害のある子供の親御さん、事業所設置予定場所の地域住民から、「知恵を借り、声を聞く」ことに徹したということです。

 行政(島根県)からは、「特例子会社」の設置を強く勧められたということですが、「特例子会社は、体力(資本力)のある大企業でなければ設置できない。しかし、それでは、本当の意味での障害者雇用は進まない。体力の乏しい中小企業であっても、障害者雇用に積極的に取り組めるモデルをつくることこそが大切」という思いで、特例子会社を設立して、障害者を雇用するのではなく、山陰合同銀行本体で、新規業務を開発し、そこで新たな障害者雇用に取り組むという道を選択されました。

 業務の開発にあたっては、障害者雇用による新たな経費負担を発生させない(実は、中小企業にとっては、障害者雇用に伴い新たな経費負担が発生してしまうというリスクが一番大きな雇用の抑制原因となっています)。そのために、既存業務の切り出しと外注業務の内製化を徹底的に進め、現在の業務内容に至ったということです。

 こうして、平成19年9月に設立された「ごうきんチャレンジドまつえ」さんでは、現在17名の知的障害のある社員と、3名の健常者社員が勤務されています。身分は、合銀本体の経営企画部の社員です。特例子会社ではなく、本体の社員として雇用されていることが、障害のある本人や家族にとっては、大きな誇りとモチベーションにつながっています。

 業務内容は、①PR品(ノベルティ)製作と、②事務業務が二本柱となっています。これらは、上記の業務の切り出しと内製化によって開発された業務です。基本は、毎日、①の業務を午前に、②に業務を午後におこなっていますが、私たちが訪問した15日の午前中は、驚くような取り組みがおこなわれていました。

 知的障害のある社員が座っている机の上には、画用紙と絵筆、パレット、絵の具が並んでいます。嘱託社員の絵の先生が用意したニラの花が、各社員の方に配られると、全員が、絵の具を溶き、絵筆を持って、画用紙にニラの花を描き始めます。実は、絵を描くこと(絵画製作)が、「ごうぎんチャレンジドまつえ」の社員の人たちにとっては、欠かすことができない業務になっているのです。

 週に2回午前中、赤、青、黄、白の4色の絵の具だけを使い、本物の色を作り出す「キミ子方式」という手法で、絵を描き、仕上げた作品の中から、素晴らしいものを選んで、エコバッグや通帳ケース、絵葉書などのノベルティの原画にしています。

 「キミ子方式」で絵を描くというアイデアは、構想段階で福祉施設から助言を受けたということですが、柔軟に提案を受け入れ、それを精査したうえで、「知的障害のある社員の芸術的な才能を活かして、付加価値の高い製品を作り出し、それを経済的価値につなげていく」という取り組みを実際に作りだした企画力と行動力には、頭が下がりました。(今回の訪問をコーディネートしてくださった松江市に福祉関係者の方がおっしゃっていましたが、一度話を聞いただけで、福祉施設の職員よりもずっとうまくプレゼンできてしまう「優秀」な方が企業にはたくさんいらっしゃるということです)

 多くの特例子会社が単独では、赤字経営となっている一方で、「ごうぎんチャレンジドまつえ」さんは、事業部門できちんと採算が取れています。年間の売上は約3千万。そのうちの2千万円が人件費。1千万円が材料等の購入経費です。売上の他に、雇用後、最長2年間は、雇用関係の助成金が入るので、その分がプラスになっています。雇用のための新たな経費を発生させないという目標を上回る実績を上げています。

 1週間に2回、17人の社員が生み出す絵画作品は、年間で1500点にもなります。すべての作品がノベルティの原画になるわけではありません。折角、生み出されたこれらの作品を効果的に活用するために新たな取り組みも始められています。作品を無償で県に貸し出し、東京などに本社を置く、大企業に年間契約で絵の版権を与え、そこで得た利益を社協が一旦、受けた後、障害者雇用促進のための研修会等の費用に充てるといった、言わば、「絵画作品を地域の財産」にする取り組みです。すでに、大手の生命保険会社や食品会社が契約されているとのことです。

 知的障害のある社員の人たちの採用条件は、もちろん、社会人、企業人として、働く意欲が十分にあり、コミュニケーションや独力での通勤が可能であるといったこともありますが、何より、絵を描くのが好きということが重視されるということです。「週に2回、絵を描くことが仕事になるので、好きでなければ続かない」のは当たり前のことです。

 地方、特に山陰地方は、大企業も少なく、地域の経済状況や雇用状況は、東京などの都市部に比べて、数段厳しい情勢となっています。トップダウンで、「ごうきんチャレンジドまつえ」の開設を決断された「山陰合同銀行の頭取は、担当者に、「(そんな状況だからこそ)2倍汗をかいて、2倍知恵を出せ!」と指示されたということです。

 ヤマト福祉財団を設立された故小倉昌男さんが、「ピンチのときこそ、チャンス」という言葉をよく口にされていました。経済や雇用の情勢が厳しい地方だからこそ、地域のつながりを大切にし、みんなで知恵を出し合い、力を合わせて、行動し、結果を生み出す。一見「何でもあるように思える」東京ですが、実は、何でもありそうな状況に胡坐(あぐら)をかいて、考える努力を怠ってしまっているのではないかと猛省しました。

 「ピンチをチャンスに変える」島根県の企業、福祉施設、行政、地域の良い意味でしたたかな取り組みが、今後の日本の障害者就労支援や障害者雇用のモデルになるのではないかという予感を強く覚えました。

 最後になりましたが、今回の研修でお世話になった「ごうきんチャレンジドまつえ」さんをはじめ、島根県の企業、福祉関係者、行政の皆様に心よりお礼申し上げます。

(天野)

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「ナイスゲーム!」と声をかけてくれたのは!?

 金曜日の朝にPCにトラブル発生。一瞬にして、すべてのデータを飛ばしてしまいました。3日間、修復を試みていますが、まだ戻りません。とりあえず、インターネットとメールの関係は修復できたので、気分転換にブログを書いている次第です。

 昨日のゼルビアのソニー仙台戦。じっとしていても汗がダラダラ流れてくるような猛暑の中でのゲームでしたが、選手たちはやってくれました。

 前半30分の鈴木祐輔選手の目の覚めるようなミドルシュート。後半開始直後の勝又選手のドライブをかけたボレーシュート(1本目)。後半20分過ぎに1点返されて、「これは、やばい!」とい思う気持ちを吹き飛ばしてくれて2本目のシュート。

 天皇杯2回戦で、J1仙台を破ったソニー仙台に快勝でした。大宮から、わざわざゼルビアの応援に来てくれた知人も大喜びでした。(大宮サポの彼とは、「天皇杯準決勝で会おう!」と約束しました。

 鶴川駅前の焼き鳥屋で、ゼルビアの勝利を祝って乾杯してから、ほろ酔い気分で町田に戻り、町田第1小学校の前まで帰ってきたとき、前からでっかい四駆の車がやってきました。

 窓がスルスルと開いて、中から「ナイスゲーム!」のかけ声。「えっ!」と思って、ドライバーを見ると、なんと酒井選手でした。ゼルビアのユニを着て、3人で歩いていた私たちに気がついて、わざわざ声をかけてくれたようです。

 咄嗟のことで、「お疲れ様!」と声をかけるのが精一杯でしたが、選手とのこの距離の近さが、やっぱりゼルビアの一番の良さです。

 2年続きのとんだ出来事で、きっと誰よりも一番悔しい思いをしているであろう酒井選手から逆に元気をもらえたことに心から感謝です。

 昨日のゲームで、1試合平均3千名超えを達成。今日のゲームで、HONDAが佐川滋賀に負けたので、順位も3位にあがりました。気持ちを切らさず、JFLでも天皇杯でも、ゼルビアのホンモノの強さを見せてやりましょう! 老体に鞭打つ(失礼!) 酒井選手の活躍を期待しています。

(天野)

 

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ジャイキリ旋風で、ジャイアンを負かせ!

 昨日(7日)のFC町田ゼルビアJリーグ入会予備審査結果についての記者会見。

 守屋代表の言葉が胸に沁みた。

 「今年は不便なスタジアムに大勢の方にお越しいただいた。市民の財産にしようと頑張ってきた人たちの力の結集。自分たちの力でどうにもならないところでJリーグに厳しい審査を突きつけられたことが残念で仕方がない。選手にはゲームの中でプライドを示そうと話した。Jクラブを圧倒するような、お客さんが本当に喜ぶようなゲームをしようと。選手たちは現実を受け止めるのは難しかったと思う。西が丘のゲーム(天皇杯2回戦)を見た人なら分かってもらえると思うが、プライドを持って戦った。勝った時には涙を流して手を取り合って喜んだ。残りの試合もすべてやりきって、『僕たちはここで頑張っている。Jリーグの百年構想を具現化している』ことを示す。スタジアムはみすぼらしいが、すべてチームの存在としてアピールしていきたい。これから町田市やJリーグと話し合い、必ず大勢の方の期待に応えられるように、胸を張ってJに入っていけるようなチームにする。今までと同じように皆さんの力を貸していただきたい。名もないバックもないお金もないクラブはそういうプライドでやっていくしかないと思っている」 (『町田経済新聞』から)

 Jリーグの百年構想。それは、「スポーツで、もっと、幸せな国へ」というスローガーンを掲げ、「地域に根ざしたスポーツクラブ」を核に、自分たちが住む町に、世代を超えた触れ合いの輪を広げていこうというもの。

 守屋代表の言葉にある通り、ゼルビアの活動は、まさに、この「百年構想」の理念を具現化していると思う。

 もう二度とは見られない野津田の芝生席には、いつも老若男女が集っていた。サッカーが三度の飯よりも好きな人もいれば、サッカー観戦がまったく初めての人もいる。平日の家事を手伝い、なんとか奥さんの機嫌をとって足を運ぶ旦那もいれば、旦那以上に、チームに入れあげる奥さんもいる。ゲーム観戦に飽きて、走り回る子供たちや、井戸端会議に話を咲かせるおばさんたちもいる。雑多な人が入り混じり、どこか、まったりとした雰囲気に包まれているが、チャンスを迎え、「いざ、ここでひとつにまとまろう!」というときには、一転して大きな手拍子と歓声がスタジアムを揺るがす。

 激しいゲームの直後にもかかわらず、『ふれあいサッカー」では、さっきまでピッチに立っていた選手たちが、小さな子供たちといっしょになって笑顔でボールを追いかける。もしかすると、いつかそこから将来の日本代表選手が生まれるかもしれない。下部組織もしっかりしている。ユースの選手にとっては、自分が生まれ育ったこの町のチームでプロサッカー選手として活躍することが大きな夢となっているにちがいない。もっと小さな子供たちは、普段、自分たちにサッカーを教えてくれる選手に、「●●コーチ!」と親しげに呼びかける。そんな子供たちに、選手たちは、きちんとひとりひとりの名前を挙げて応えている。年配の人や女性を対象にしたサッカースクールも頻繁に開催されている。サッカーを教えるだけにとどまらず、時には、選手たちが子供たちに絵本の読み聞かせをする。こんなに選手とサポーターや市民の間の垣根が低いクラブがいったい他にどれくらいあるのだろうか?

 

 ジャイアンが空き地で、仲間と草野球を楽しんでいる。のびたくんが、「僕も仲間に入れてほしい」と頼んだが、「おまえはへたくそだからダメだ」と断られてしまう。

 「悔しい! 何か野球がうまくなるものを出してよ」とドラえもんに訴えたが、ドラえもんは、「ダメだよ。のびたくん、真面目に練習してうまくなろう」と、のびたくんを諭す。

 一生懸命練習して、野球がうまくなったのびたくんが、ジャイアンのところに行き、再び、「仲間に入れてほしい」と頼んだところ、ジャイアンは、「じゃ、オレにジャンケンで勝ったら、仲間に入れてやる」と言い、ジャンケンをする。

 のびたくんがジャンケンに勝って喜んだのもつかの間。ジャイアンがこう言う。「誰が1回勝負だって言った。3回続けて、オレに勝ったら仲間に入れてやるよ」(でも、きっと、のびたくんが3回続けて勝ったって、今度は「5回続けて」と言われてしまう)

 

 踏みにじられたプライド(それがおそらく「町田魂」をかけて戦った天皇杯2回戦の東京ヴェルディ戦。

 スポーツ競技において実力差がある格上の相手に対し、格下が勝利を挙げることを「ジャイアント・キリング」と言う。今はJ2とは言え、かってJ1王者でもあった名門チームのヴェルディをJFL2年目のゼルビアが倒したことは、「ジャイアント・キリング」の称号に値する。

 「名もないバックもないお金もないクラブ」が、この先の戦いの中で、「ジャイアント・キリング」旋風を巻き起こす。そのことがきっと、「ジャイアン・キリング」につながるはずだ。

 「まだ何も終わっちゃいない!」

 その通り! 挑戦はこれからだ!

(天野)

 

 

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どんな逆境にあっても、絶対に折れない気持ち (天皇杯2回戦 東京ヴェルディ戦)

 ゴール裏で叫びすぎて、喉がガラガラです。でも、気持ちよい余韻に浸っています。

 昨日(5日)の天皇杯2回戦。東京ヴェルディとの東京ダービーマッチ。

 当日の朝になって、オフィシャルサイトで発表された「Jリーグ入会予備審査」の審査結果に関する残念な記事。サポーターも昨年以上に落ち込みましたが、選手たちは3日前に結果を聞いていたということですから、この数日間、本当に辛い気持ちと必死になって戦ってきたのだと思います。

 どんな逆境にあっても、折れない気持ちを昨年も見せてくれました。そして、また今回も、昨年以上にモチベーションを下げることなく、熱い気持ちを見せてくれたことに、心からの「ありがとう」の言葉を送りたいと思います。

 試合前、Jリーグ発足時からの名門チームとチームを支え続けてきたサポーターに敬意を表した「東京ヴェルディ」コールに対して、「町田ゼルビア!」と3倍くらい大きなコールが返ってきたときには、胸が熱くないりました。

 開始直後から、「こんなに飛ばして大丈夫?」と思うくらいハイペースで攻め続けるゼルビア。前回の武蔵野戦のときもそうでしたが、西ケ丘の状態の良いピッチは、縦にパスをつなぐゼルビアのサッカーに本当に合っているようです。

 前半30分は、相手にまったくシュートを打たせなかったんじゃないでしょうか? 「もしかして、ヴェルディにうまくもて遊ばれているんじゃないか」なんていう不安も少し感じていました。前半30分過ぎからは、ヴェルディのパスがつながり始め、再三、CKを奪われるピンチになります。

 それでも、この日のゼルビア守備陣は、集中を切らすことなく、身体を張って、ゴール前を死守します。深津選手、津田選手のCBふたりの動きには目を見張るものがありました。特に今季、SBから転向した津田選手の動き、もうホンモノのCBです。

 とは言え、「これから、段々、苦しくなるぞ」と、ますます不安が大きくなりはじめたときに、相手FW選手が広野選手へのファールで一発レッドの退場。

 後半開始直後から、10人になったヴェルディが果敢に攻めてくる。クロスバー直撃の相手シュートには、肝を冷やしました。疲れが見えた小川選手に代わって、山腰選手が入り、ゼルビアの攻撃陣が再度、活性化します。こんなに走り回るゼルビアの選手を見たのは久しぶり。選手たちのこの一戦にかける思いがひしひしと伝わってきます。

 「決まった!」かと思われた山腰選手のヘディングシュートが、ポストの50センチ左にそれたときには、サポーター全員が思わずへたりこんでしまいましたが、ゴールの匂いは段々近づいてきています。

 そして、待望のゴールは、ゴール正面からの柳崎選手の浮かせたパスを、右サイドから走りこんだ山腰選手がダイレクトボレーで、ゴール左隅に突き刺しました。誰かれなくハイタッチで喜びあうサポーター。最高の瞬間でした。

 長いロスタイム4分も、したたかに守りきって、タイムアップのホィッスルを聞いたときには、もう何がなんだか分からないくらいの盛り上がりでした。こんなにたくさんのみんなが一つになれたゲームは今までになかったんじゃないでしょうか?

 サポーターの前に挨拶に来た選手たち。「どんな逆境にあっても、絶対に俺たちは負けない!」という強い意志が身体全体にあふれていました。

 サポーターをリードして、90分間、選手といっしょに戦ったクルバのみなさんにも感謝の気持ちを送りたいと思います。「ありがとう!」

 明日(7日)には、今回の予備審査の結果について、記者会見が予定されています。「何がどう足りないのか?」、ハッキリしたところで、自分たちにできる限りのことをやりたいと思います。

 次の天皇杯(3回戦)は、10月9日のJ1新潟戦。選手たちはもちろんのこと、J屈指の熱狂的サポーターに負けない、「町田魂」をわれわれサポーターも見せてやろうぜ!

(天野)

 

 

 

 

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